5日目




その人は、



ーーーーー"弱い者いじめかァ?侍が聞いて呆れる"



「……あなたはっ!…あの時の…!」


太陽ではなく、車のライトに照らされたその影は、僕の心に染み付いているそれを容易く呼び戻した。


「優生さんがっ…」


掴んだその手はあの時の何倍も小さくて、大きく見えた影も立ち上がった僕より2回りは小さい。


「会いたかったです、ずっと」


抱きしめると子供のように小さくて、脆く崩れてしまいそうな程頼りなく思えるこの人が、


「っ!」
「えっ、ど、どういう…」
「や、山上くん、それは…」
「あーあ、やっちゃいやしたねェ」


僕の


「ヒーローなんです」


……


「なんでィ、さっきのアレは」
「僕、小さい頃、道場でいじめられてて…」


山崎さんの運転するパトカーに、沖田さんと乗り込み帰ることになった。


「助けてくれたのが真選組の人だったんです。顔も名前もわからないまま、ただその人の様な侍になりたくて、道場は辞めたけど必死で剣術を磨いて、それでここに来たんです」
「その助けてくれた隊士が優生さんだったってこと?」
「そうみたいです。正直随分昔のことなんで声とか覚えてなくて…でも、さっき確信しました」
「へぇ、優生がねィ…」
「今日は副長の部屋に近づかない方がいいよ。こういう日の副長はかなりピリついてると思うから」


僕がここへ来た経緯を話してみたら、なんだかとても実感が湧いてくる。


屯所に戻ると手当を受け、始末書と報告書を書くことになった。
ちなみに鬼のような量だ。

が、僕の心は憧れの人に再会できた喜びで満たされている。


連れ去られた経緯やら、目を覚ましてからの状況やら、忘れないうちに書いてしまおうと筆を走らせたら、そのまま一気に報告書を書き上げてしまった。


「始末書も書いて副長に出してしまおうかな」


日付は超えているけど、今日の仕事は今日のうちに終わらせたい。
副長も今晩は徹夜だろうから起きているだろうし。

鬼のような量の書類を抱えて副長室へ向かっていると、冊子のような物を手に優生さんが副長室へ入っていくところが見えた。

今日中に提出する人、多いのかな…

その全てを確認する土方副長の仕事量を想像して身震いする。


「働き者ですねぇー、土方さんは」
「たりめーだ」


部屋の前で声かけようとして、なぜか少しだけ心臓が跳ねたような気がした。


「今日の分、あとこれだけですか?」
「あァ」
「徹夜しなくて済みそうですね」
「あほ、明日の分もやれるだけやるっつーの」
「明日の分は明日の分ですよ?終わったらちゃんと休まないと」


…というか、片手で開けられるのか?

どうにか襖が開かないか試みるも、ほんの数センチ開けたところで書類の山が崩れそうになる。
鬼のような書類の量なのだ。


「お前、サラシは」
「取ってきましたよ?報告書だしてお風呂はいるだけだし」
「誰かに会ったらどーすんだよ」


この書類の山をどう片手に抱えようか、一度床に置こうか、いや僕が今これを提出したら土方副長の今日の仕事が増えてしまうのではないか、そもそも声をかけてから入るべきで、すでに少し開いてしまってるのはまずいのでは…?もう一度閉じてから声をかけて…って優生さん、まさかさっき手に持っていたあのペラペラが報告書??あれで何を報告できるっていうの???

なんて1人書類の山と格闘している間に、声をかけるタイミングを完全に見失い…。


「すれ違うくらいならわからないと思いますし、土方さんは心配症すぎますし」
「心配症ついでに、ボタン2つ以上開けんなっつったろーが。また掛け違えてんぞ」
"あれ、ほんとだ"


さっきから2人の会話を聞いて胸がざわついているのはどうしてだろう。
重たい書類のことなど忘れて、僕は隙間から見える2人の半分と、会話に、思わず息を潜めた。


「自室とここくらい勘弁してくださいな、とーしろーさん?」


わざとらしく声を高くした優生さんが、ゴマをするように土方副長の肩を揉む。

たしかに、優生さんはいつもボタンを全て閉めていたような気がするけど、副長の指示だったのか。

女性らしい丁寧な仕草のなかで確かに感じた少年っぽさは、サラシを巻いていたから…


「だったらここに入るまではちゃんとして来い。女がいることで屯所の」
「はいはい、屯所の風紀が乱れたら困りますよ、私も」


優生さんは肩を揉みながら土方副長の手元を見ている。


この2人…まさか付き合って…?
いやでも、1日目に…



ーーーーー"山崎ィ、法度を破って色恋たァいいご身分だなァ"


ーーーーー"野郎は色恋にうるせぇんで気をつけなせェ"



確かに法度違反だと言っていたし、鬼の副長が自分だけは別だなんてことありえない。
優生さんがいつもよりどこか女性らしいからそう見えるだけだろうか?


「そういえば山上くん、」


急に名前を呼ばれて心臓が跳ね上がる。


「ヒーローだって言ってましたね」
「そうだったか?」
「そうでした」
「そうだった、お前ェあいつに抱きしめられてたよなァ」


筆を置いた土方副長が優生さんの方へ向き直る。


「あれは抱きしめるというよりハグというか」
「……へェ」
「なにしてるんですか、土方さん」


片肘を机につきながら、土方副長が優生さんの方へ手を伸ばしているのが見える。
が、肝心の優生さんは死角になっていて見えないから何をしているのかはわからない。


「ボタン、掛け直してやってる」


「っっ!!」


予想外の展開に思わず書類を落としそうになる。

待て待て待て待て待て、やっぱり付き合ってるのか??
だとしたら重大な法度違反…!!
しかもよりによって鬼の副長と憧れの優生さんが…!!!
いやお似合いだけども、だけども!!
これを目撃するのは僕には荷が重すぎるっ!

ゆっくりと書類を床へ置くと、音を立てないように静かに正座する。
こっちの荷も重すぎるのである。

…………めちゃくちゃ気になるし。


「自分でできますっ、というかお風呂入るしっ」


おそらく土方副長が外したそばから優生さんが留めていっているのだろうけど…
1番下まで外した土方副長が、上の方で手こずっている優生さんの手を掴む。


「山上は知らねェんだよな、俺らのこと」


し、知ってます…!
今めちゃくちゃ知ってます…!!


「っ、多分。山崎くん言ってないですかね」
「1人だけ知らねェのもよくねェよなァ、教えてやんねーと」


優生さんの肩に手を置いているのか、きっと指先で首筋か髪を撫でている。相変わらず片肘は机についたまま、おもちゃで遊ぶような楽しそうな声が静かに響く。

土方副長、なんらかのスイッチが入ってしまっているような…それもきっと、結構、むっつりな、イヤラシめの。


「土方さん、遊んでないで、お仕事」


両手で土方副長の手を押し戻そうとする優生さんは、姿こそ見えずとも完全に女性のそれで。
まだ一応、何も起きていないけど、さっきから2人が纏っていた男女の空気は、気のせいではないようだ。


「今日の分は終わった」
「明日の分はっ」
「"明日の分"だろ?」


"明日の分は明日の分ですよ?"
先程優生さんがそう言ったばかりだった。


「風呂の前か後か、選べ」


自分の隊服のスカーフを解くと優生さんの頭にかけ、素早くボタンを外していく土方副長。
"何を"選ぶのかなんて、言われなくてもわかる。


「はァー、今日は疲れた。いつもの」
「今日は、私も疲れたし、」
「お前ェは脱走した子犬探しだったか?俺は朝一で人身売買の現場を押さえて」
「うっ、それを言われると」
「お前ェが、癒してくれんだろ?」
「もう、わかりました。脱いでください」


ゴクリ。と唾を飲む音が鳴る。

監察日記
5日目




その人は、



ーーーーー"弱い者いじめかァ?侍が聞いて呆れる"



「……あなたはっ!…あの時の…!」


太陽ではなく、車のライトに照らされたその影は、僕の心に染み付いているそれを容易く呼び戻した。


「優生さんがっ…」


掴んだその手はあの時の何倍も小さくて、大きく見えた影も立ち上がった僕より2回りは小さい。


「会いたかったです、ずっと」


抱きしめると子供のように小さくて、脆く崩れてしまいそうな程頼りなく思えるこの人が、


「っ!」
「えっ、ど、どういう…」
「や、山上くん、それは…」
「あーあ、やっちゃいやしたねェ」


僕の


「ヒーローなんです」


……


「なんでィ、さっきのアレは」
「僕、小さい頃、道場でいじめられてて…」


山崎さんの運転するパトカーに、沖田さんと乗り込み帰ることになった。


「助けてくれたのが真選組の人だったんです。顔も名前もわからないまま、ただその人の様な侍になりたくて、道場は辞めたけど必死で剣術を磨いて、それでここに来たんです」
「その助けてくれた隊士が優生さんだったってこと?」
「そうみたいです。正直随分昔のことなんで声とか覚えてなくて…でも、さっき確信しました」
「へぇ、優生がねィ…」
「今日は副長の部屋に近づかない方がいいよ。こういう日の副長はかなりピリついてると思うから」


僕がここへ来た経緯を話してみたら、なんだかとても実感が湧いてくる。


屯所に戻ると手当を受け、始末書と報告書を書くことになった。
ちなみに鬼のような量だ。

が、僕の心は憧れの人に再会できた喜びで満たされている。


連れ去られた経緯やら、目を覚ましてからの状況やら、忘れないうちに書いてしまおうと筆を走らせたら、そのまま一気に報告書を書き上げてしまった。


「始末書も書いて副長に出してしまおうかな」


日付は超えているけど、今日の仕事は今日のうちに終わらせたい。
副長も今晩は徹夜だろうから起きているだろうし。

鬼のような量の書類を抱えて副長室へ向かっていると、冊子のような物を手に優生さんが副長室へ入っていくところが見えた。

今日中に提出する人、多いのかな…

その全てを確認する土方副長の仕事量を想像して身震いする。


「働き者ですねぇー、土方さんは」
「たりめーだ」


部屋の前で声かけようとして、なぜか少しだけ心臓が跳ねたような気がした。


「今日の分、あとこれだけですか?」
「あァ」
「徹夜しなくて済みそうですね」
「あほ、明日の分もやれるだけやるっつーの」
「明日の分は明日の分ですよ?終わったらちゃんと休まないと」


…というか、片手で開けられるのか?

どうにか襖が開かないか試みるも、ほんの数センチ開けたところで書類の山が崩れそうになる。
鬼のような書類の量なのだ。


「お前、サラシは」
「取ってきましたよ?報告書だしてお風呂はいるだけだし」
「誰かに会ったらどーすんだよ」


この書類の山をどう片手に抱えようか、一度床に置こうか、いや僕が今これを提出したら土方副長の今日の仕事が増えてしまうのではないか、そもそも声をかけてから入るべきで、すでに少し開いてしまってるのはまずいのでは…?もう一度閉じてから声をかけて…って優生さん、まさかさっき手に持っていたあのペラペラが報告書??あれで何を報告できるっていうの???

なんて1人書類の山と格闘している間に、声をかけるタイミングを完全に見失い…。


「すれ違うくらいならわからないと思いますし、土方さんは心配症すぎますし」
「心配症ついでに、ボタン2つ以上開けんなっつったろーが。また掛け違えてんぞ」
"あれ、ほんとだ"


さっきから2人の会話を聞いて胸がざわついているのはどうしてだろう。
重たい書類のことなど忘れて、僕は隙間から見える2人の半分と、会話に、思わず息を潜めた。


「自室とここくらい勘弁してくださいな、とーしろーさん?」


わざとらしく声を高くした優生さんが、ゴマをするように土方副長の肩を揉む。

たしかに、優生さんはいつもボタンを全て閉めていたような気がするけど、副長の指示だったのか。

女性らしい丁寧な仕草のなかで確かに感じた少年っぽさは、サラシを巻いていたから…


「だったらここに入るまではちゃんとして来い。女がいることで屯所の」
「はいはい、屯所の風紀が乱れたら困りますよ、私も」


優生さんは肩を揉みながら土方副長の手元を見ている。


この2人…まさか付き合って…?
いやでも、1日目に…



ーーーーー"山崎ィ、法度を破って色恋たァいいご身分だなァ"


ーーーーー"野郎は色恋にうるせぇんで気をつけなせェ"



確かに法度違反だと言っていたし、鬼の副長が自分だけは別だなんてことありえない。
優生さんがいつもよりどこか女性らしいからそう見えるだけだろうか?


「そういえば山上くん、」


急に名前を呼ばれて心臓が跳ね上がる。


「ヒーローだって言ってましたね」
「そうだったか?」
「そうでした」
「そうだった、お前ェあいつに抱きしめられてたよなァ」


筆を置いた土方副長が優生さんの方へ向き直る。


「あれは抱きしめるというよりハグというか」
「……へェ」
「なにしてるんですか、土方さん」


片肘を机につきながら、土方副長が優生さんの方へ手を伸ばしているのが見える。
が、肝心の優生さんは死角になっていて見えないから何をしているのかはわからない。


「ボタン、掛け直してやってる」


「っっ!!」


予想外の展開に思わず書類を落としそうになる。

待て待て待て待て待て、やっぱり付き合ってるのか??
だとしたら重大な法度違反…!!
しかもよりによって鬼の副長と憧れの優生さんが…!!!
いやお似合いだけども、だけども!!
これを目撃するのは僕には荷が重すぎるっ!

ゆっくりと書類を床へ置くと、音を立てないように静かに正座する。
こっちの荷も重すぎるのである。

…………めちゃくちゃ気になるし。


「自分でできますっ、というかお風呂入るしっ」


おそらく土方副長が外したそばから優生さんが留めていっているのだろうけど…
1番下まで外した土方副長が、上の方で手こずっている優生さんの手を掴む。


「山上は知らねェんだよな、俺らのこと」


し、知ってます…!
今めちゃくちゃ知ってます…!!


「っ、多分。山崎くん言ってないですかね」
「1人だけ知らねェのもよくねェよなァ、教えてやんねーと」


優生さんの肩に手を置いているのか、きっと指先で首筋か髪を撫でている。相変わらず片肘は机についたまま、おもちゃで遊ぶような楽しそうな声が静かに響く。

土方副長、なんらかのスイッチが入ってしまっているような…それもきっと、結構、むっつりな、イヤラシめの。


「土方さん、遊んでないで、お仕事」


両手で土方副長の手を押し戻そうとする優生さんは、姿こそ見えずとも完全に女性のそれで。
まだ一応、何も起きていないけど、さっきから2人が纏っていた男女の空気は、気のせいではないようだ。


「今日の分は終わった」
「明日の分はっ」
「"明日の分"だろ?」


"明日の分は明日の分ですよ?"
先程優生さんがそう言ったばかりだった。


「風呂の前か後か、選べ」


自分の隊服のスカーフを解くと優生さんの頭にかけ、素早くボタンを外していく土方副長。
"何を"選ぶのかなんて、言われなくてもわかる。


「はァー、今日は疲れた。いつもの」
「今日は、私も疲れたし、」
「お前ェは脱走した子犬探しだったか?俺は朝一で人身売買の現場を押さえて」
「うっ、それを言われると」
「お前ェが、癒してくれんだろ?」
「もう、わかりました。脱いでください」


ゴクリ。と唾を飲む音が鳴る。


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好きだけじゃやってけない