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「あれれ 恵ちゃん?君今なんて?」


「元気になるんじゃないですかって言ったんですよ」


「は?いくら恵でもダメだよ 蘭ちゃんのいいこいいこは僕だけの特権だからね」


「特権とか蘭は特に気にしてないと思いますけど 五条先生が勝手にそう決めてるだけでしょう」


いつもならここで呆れ顔をして折れるはずの伏黒からの反撃に五条は少しばかり驚いた様子で彼を見た。


「…へえ?今日は言うねぇ 恵」


バチバチと睨み合う二人の姿はまるで雪豹と黒豹のようである。いつも五条の軽口を流していた伏黒だか、いい加減堪忍袋の尾が切れたのだろう。


蘭を間に挟んで火花を散らす二人だったが廃墟ビルから飛び出してきた呪霊にすぐ様意識を移した。


伏黒が祓おうと動いたが五条の静止の声に動きを止める。次の瞬間、呪霊が断末魔を上げて塵になった。釘崎の術式だろう、それを見た五条が満足そうに口角を上げた。


「いいね ちゃんとイカれてた」


「野薔薇と悠仁、頑張った」


「ウンウン そうだね。さ蘭ちゃん、恵 頑張った2人をお出迎えするよ」


五条と蘭と伏黒の待機組3人は腰を上げると廃墟ビルの入り口まで歩みを進める。すると程なくして虎杖と釘崎、それから小さな男の子が中から出てきた。


「お疲れサマンサー!!」


「子供…?」


「たまたま運悪くあそこに迷い込んだんだろ」


てっきり虎杖と釘崎の2人だけかと思いきや予期せぬ子供まで出てきたことに少しばかり蘭が驚く。が、数秒後伏黒の説明にああ、と納得したような素振りを見せた。


一方、五条は虎杖に抱っこされながら出てきた子供に歩み寄ると手を伸ばして虎杖からひょいと子供を取り上げ、腕の中に抱えた。


「じゃあ僕まずこの子先家に送り届けて来ちゃうから その間君達少しここで待っててよ」


「別にこの子送り届けるぐらい私達でもできるわよ」


「いやあ僕の方が早いしさ 悠仁も野薔薇も早く飯食べたいでしょ?」


「それはそうね…ってもういねーし!アイツいつの間に消えたのよ!?」


話の途中に音もなく消えた五条に釘崎がクワッと吠える。そんな彼女を宥めるように蘭が口を開いた。


「野薔薇、大丈夫。悟すぐ帰って来る」


「アイツがすぐ帰って来るかなんてどうでもいいのよ 人が話してる途中で消えるって根性が気に入らないだけ。人の話は最後までちゃんと聞く!人としての基本的なマナーよ わかる?」


「わかる。でも悟、自由人だから 野薔薇が慣れるしかない」


「ハァ〜 まったくこれだから犯罪者予備軍の教師は駄目ね。仮にも教師のクセに対人面のマナーもなっちゃいないわ」


「悟の代わりに蘭が野薔薇よしよしする」


未だ半ギレ状態の釘崎の頭を蘭がよしよしと撫でる。瞬間、ほわんとした気持ちが釘崎の体を包んだ。


「…ダメよ、ダメだわ」


「野薔薇?」


「決めた アンタだけは絶対私が守ってあげる。あんなチャランポランな男の毒牙になんてかからせないわ」


「ちゃらんぽらん…でも悟、優しい」


「あーダメよそんなんじゃ!ちょっと伏黒、アンタこの子の幼馴染みって言ってたわよね?なんでこんな洗脳されるまで放っておいたわけ?幼馴染みならちゃんと犯罪者から守るなりしなさいよ」


「おーい釘崎ー ついに予備軍消えてただの犯罪者になっちゃってるけど…」


「いいのよそんな些細なこと。私からしたらどんな理由であれ女子高生に発情してる大人なんて犯罪者以外の何者でもないんだから ――で?アンタ、その犯罪者を前にここまで幼馴染みを放っておいた言い訳はあるの?」


釘崎の"放っておいた"という発言にピクッと伏黒の眉が動いた。


「放ってなんかねぇよ 俺と蘭が五条先生と初めて会ったの10年前だぞ。その10年一人で四六時中あの人からコイツ守るのなんて普通に考えて無理だろ」


自分なりに今まで蘭を五条の魔の手から守って来たつもりだ。まだ出会って少しも経っていない釘崎にとやかく言われる筋合いはない。


伏黒が内心そう思いながら話していると虎杖が顎に手を添えながら「ん〜?」と唸った。


「でもよー守るって言っても別に五条先生蘭ちゃんに酷いこととか、それこそちょっとエッチな事とか そういう人に言えないような事してるわけじゃないんだろ?」


「それは…そうだけど」


虎杖の問いに変に納得させられそうになっていた伏黒を釘崎がフンと鼻で笑った。


「バカね何納得しそうになってんのよ そんなの当たり前じゃない。本気でアレがこの子に手出してたらまごう事なき犯罪者よ?今はまだそれの一歩手前ってだけであって安心してる場合じゃないの」


「ウン そうだねえ。犯罪者は流石にマズイもんね」


「嫌に素直ね。ま、わかればいいのよ こうなったら何がなんでもあんな男に蘭は渡さないわ!いいわねアンタ達!」


「はーい!」


違う方向から聞こえて来た返事に釘崎の顔がクルリと後ろを向く。


「は…?」


「あれ 何か僕マズった?」


そこにいたのは話の渦中の人物・五条悟。
いつからそこにいたのか、先程抱えていた子供はもういない。


無事家まで送り届けたのだろう、ヘラッとした五条の笑みが釘崎の神経を逆撫でした。


「犯罪者予備軍、アンタいつの間に帰って来てたのよ」


「蘭ちゃんの"ちゃらんぽらん…でも悟、優しい"って言う愛の告白辺りからいたよ。――て、待ってさっきから思ってたんだけど犯罪者予備軍って僕の事?名前長くない?」


「うるさいわね アンタなんか犯罪者予備軍で十分よ。――さ、こっち来なさい蘭。あんまりコイツの近くにいると何されるかわかったもんじゃないわ」


そう言って釘崎が蘭の手を掴んで自分の方に引き寄せる。と、その瞬間何故か蘭が嬉しそうな顔で笑った。


「!ふふ」


「?何笑ってんのよ」


「ん。野薔薇から手繋いでくれた 嬉しい」


「!!!」


ニコッと一寸の曇りもなく笑った蘭の笑顔に釘崎が胸を押さえた。


「…恵、あの笑顔いくらで買える?買えるなら僕の有り金全部出すけど」


もう現場がカオス過ぎて対処が追いつかない。伏黒は何か余計に面倒くさいの(釘崎)が増えたと思いながら遠い空の向こうを見つめた。


――因みにそんな彼らを何とも言えないなめこ顔で見ていた虎杖は色々と面倒なのに囲まれて大変そうな伏黒に同情の気持ちを覚えたとか。


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