15


「受刑在院者第二宿舎 5名の在院者が現在もそこに呪胎と共に取り残されており 呪胎が変態を遂げるタイプの場合特級に相当する呪霊に成ると予想されます」


初の一年総出での任務。
ただ今現場に肩を揃える一年四人に補助監督である伊地知が今回の任務にあたって説明をしている最中だ。


「なぁなぁ 俺特級とかまだイマイチ分かってねぇんだけど」


虎杖の放ったまるで緊張感のないその一言に釘崎がまたコイツは…と言いたげな表情で顔を歪める。その一方、伊地知は虎杖にも分かるよう呪霊の階級について丁寧に説明をした。


「本来呪霊と同等級の術師が任務に当たるんだ 今日の場合だと五条先生とかな」


「で その五条先生は?」


「出張中。そもそも高専でプラプラしてていい人材じゃないんだよ」


「恵言う通り。悟いつも忙しい だから、蘭達が任務」


「王城さんの言う通り五条さんは非常に優秀な術師であるので基本忙しい人です。したがってこの業界は人手不足が常 手に余る任務を請け負うことは多々あります」


伊地知はクイッと眼鏡のブリッジを上げると真剣な顔つきで彼らを見た。


「ただ今回は緊急事態で異常事態です "絶対に戦わないこと" 特級と会敵した時の選択肢は"逃げる"か"死ぬ"かです。自分の恐怖には素直に従ってください 君達の任務はあくまで生存者の確認と救出であることを忘れずに」


ポカン、とまだ実感が湧かなそうにしている虎杖とまだ任務という任務をこなした事がない釘崎。そして実際にいくつか実践を踏んでいる伏黒や蘭は各々"もしかしたら特級呪霊と会敵するかもしれない"という事実により一層気を引き締めた。


「――あの、王城さん」


「うん?」


「実はですね、私出張前五条さんから"自分がいない時に貴女を任務に出すな"と言われているんですが…あの、出る前も言いましたが今からでも考え直すというのは…」


「ない。みんな行く、蘭だけ行かない嫌」


「そ、そうですか…(五条さんが帰って来て王城さんが任務に出たなんて知られれば私が怒られる……よし こうなったら五条さんが帰ってくる前に怒られる準備をしておこう。心の準備もなしに怒られて泣くなんて事がないように。ガンバレ私)」


東京都立呪術高等専門学校・補助監督、伊地知潔高はヘラヘラとした顔でいつも無理難題を押し付けてくるちゃらんぽらん上司を脳裏に思い浮かべて心の中で涙した。


実際今日の突発的な任務に出る前も伊地知は不自然ながらどうにかして蘭の同行を止めようとしていた。理由はやはり五条絡みであったらしく、彼は急に決まった任務を前にどうしたら蘭が高専に残ってくれるか、脳をフル活用して考えた。


五条の言いつけ通り蘭を任務に出してはならない。しかしそのプレッシャーがズシッと伊地知にのし掛かり、いい案が思いつかず考えている内に結局なんやかんやでここまで蘭を連れて来てしまったのだ。


項垂れながら五条が帰ってくる前に怒られる準備でもしておこうと決心した伊地知だったが、ふわりと頭を撫でられるような感触に驚き顔を上げた。


「伊地知 いつもみんなのサポートしてくれる。だからいい子いい子。悟が伊地知怒らないように 蘭が守る だから元気出して」


「…王城さん…!!」


五条に怒られる未来を想像してげっそりとしていた伊地知の顔はみるみる内に生気を取り戻した。
目に涙を溜めて感激している伊地知の様子に釘崎がふと蘭と出会った時の事を思い出してため息をついた。


「ハァ…私も蘭のアレにやられたのよね あの子の天然タラシって人を選ばないからタチが悪いわ」


「あーわかる。俺も前蘭ちゃんに頭撫でてもらった事あるんだけどさ、撫でられるとなんかこう…ふわっとした気持ちになるんだよ 言葉じゃ上手く言い表せねぇんだけど」


「そうなのよ なんかあの子の前だと毒気を抜かれるっていうか。結論、歩くマイナスイオンよね」


蘭について語り合う虎杖と釘崎を視界に入れながら、伏黒は改めて彼女がそう言われる所以を考えた。


幼い頃からそうだった。蘭の隣にいると何か嫌な事があっても何故だかそんな事どうでもいいと思えるような気持ちになる事が多かった。


伏黒にとって蘭とは幼馴染みであり、そばに居るだけで心が穏やかになるような、そんなかけがえのない大切な存在だ。


故に釘崎の言う歩くマイナスイオンというのはある意味的を得ていると、伏黒は一人そう思った。


「みんな、伊地知泣き止んだ お待たせ」


「ちょ、王城さん!?」


出来ればちょっと泣いてた事は秘密にして欲しかったのに堂々とバラした(悪意はない)蘭に伊地知の表情がまたコロコロと変わる。


「泣き止んだって…そもそもなんで大の大人が泣いてんのよ」


「五条先生絡みだろ あの人生徒以外には結構当たり強いところあるからな」


「へ〜伊地知さんも苦労してんだな」


なんかお疲れ様、と言って虎杖は憐れみの表情で伊地知を見つめた。


そんなシュールな光景を見ながら伏黒は任務に赴く前に必ず蘭に言っておかなければならないある事を思い出してハッと蘭の腕を引いた。


「わ、恵?」


「言い忘れてた。――いいか、いつも通り術式は余程のことがない限り使うな 理由は分かるな?」


「…うん わかってる。恵と、悟との約束。」


「分かってるならいい お前が術式を使うような事がないように俺が守る。だから心配するな」


「…ん」


しょんぼりとした表情で頷く蘭にそれを言った伏黒の心も痛む。だがそれでも心を鬼にして言わなければならない。それが蘭を守る為になるのだ。使わなくていいなら使わせたくない。伏黒は蘭が術式を使わなくてもいいよう今回の任務もさっさと終わらせようと、再び気を引き締めるのだった。


back/top