05


「そういえば蘭、お前その指のどうした」


「ん、悟がくれた」


伏黒は蘭の薬指にある物に視線をやった。飾り気のない幼馴染みが指輪なんて付けてること事態何か可笑しいとは思ってはいたが、やはり。
嫌な予感がするのは気のせいではなかったようだ。
伏黒は無言で、しかし軽蔑の眼差しを孕んだ瞳で五条を見た。


「やだな〜恵のその変質者を見るような目。仮にも先生に向ける目じゃないよね、ソレ」


「仮にも先生が生徒に求婚してるのを目の当たりにしてるんだから俺が変質者を見るような目になっても仕方ないんじゃないですかね」


「んーいいかい恵!どうせ遅かれ早かれ僕と蘭ちゃんが結婚する事実は変わらないんだ つまり僕が結婚指輪を買ってお嫁さんになる子の指にそれをはめたところで何の問題もない、これから夫婦になる男女が行う至って普通の行動だよ」


一体この男は何を当たり前のように言っているのだろうか。伏黒はただでさえ呪霊によるダメージで痛む頭がもっと痛むような気がした。
まずなぜ五条がここまで蘭にベタ惚れなのかという事を遡ってみる。


――確か蘭と五条の初対面は自分と同じ、小学一年生の時だ。
五条悟という人間は、初めは蘭の事も自分と同様にクソ餓鬼扱いをしていた記憶がある。
いや、記憶があるではない。確実にクソ餓鬼扱いしていた。あの端正な顔をこれでもかというほど歪めた五条の顔は今でも忘れられない。


しかし初対面を終えた次の日。
五条悟は態度を180度一変させ蘭を目に入れても痛くない程に可愛がりだしたのだ。
その変わり様には流石に当時の伏黒も驚き、一体何があったのかと五条に聞いたが「ガキンチョにはまだ早い」と一蹴された、今思い出してもイラッとする思い出である。


伏黒は思考を現実世界に戻すと能天気な幼馴染みを目に映した。伏黒にとって妹のような存在である彼女は薬指の指輪をジッと見て何か考え事をしている様だ。
反面、本当に教職かと疑いたくなるような軽薄さと適当さを兼ね備えた男、五条悟は何故かドヤ顔で伏黒を見下ろしていた。
何故ドヤ顔をしているのかは知らないがその顔を見てるとイラつくのはわかる。


伏黒がドヤ顔の五条にイラッとしていたその時、蘭が五条の元へ歩みを進めた。


「どうしよう恵!もし今蘭ちゃんに"ありがとう"とか"よろしくお願いします"なんて言われたら色々抑えられる気がしないんだけど大丈夫かな?」


「大丈夫かなって……幼馴染を変な目で見て欲しくないんで俺にそういう事聞くのやめてもらえませんか」


「え〜だって僕と恵の仲じゃん。恵と蘭ちゃんは兄妹みたいに育ってきたからね、僕の事オニイサンって呼んでもいいよ」


げんなりした顔で遠慮します、と口にしようとした伏黒より先にきらびやかな薄いブロンドヘアーが彼の視界を覆った。


「悟、これ返す」


蘭が薬指の指輪を取ってそれを右手に握り、五条に向かって丸めた拳を突き出すようにして手を伸ばしていた。


「え」


「悟のプレゼント嬉しい。けど蘭、結婚まだ早い。だからこれ、返す」


「……」


「…悟?」


先程気絶させた虎杖を片腕で抱えたまま五条が呆然と立ち尽くす。
伏黒はこれはこれで不憫だなと思いながら五条を見上げた。
目隠しで詳しい表情はわからないにせよ、ショックで固まっているのは雰囲気で感じ取れる。
それよりもし蘭がOKしていたらこの人本気で今すぐにでも結婚するつもりだったのかと、伏黒はそこに一人驚いていた。


「悟、ごめん、なさい。結婚、蘭まだよくわからない、だけ。だから悟元気出す」


五条の顔色を伺いながら蚊の鳴くような小さな声で蘭がそう言うと放心状態で口を閉ざしていた五条の表情が一転してパッと明るくなった。


「いやーそっかそっか!うん、なるほどそういう事ね!」


「何がそういう事なんですか」


「いやね、流石の僕も今回ばかりはびっくりしちゃったけどよく考えたら蘭ちゃんが僕を振るなんてあるはずないわけじゃん?つまりプロポーズを断られたなんてのは僕の早とちりだったわけだよ、分かるかな恵クン!」


「はぁ、結婚の事をよく分からないって言っただけで別に五条先生と結婚するなんてコイツ一言も言ってませんけど」


「ん?なに恵、ヤキモチ?困るよ、僕が"世界一"蘭ちゃんに愛されてるからってそんな敵意剥き出しにされちゃ!」


悟、困っちゃう!と裏声を使ってきゃぴっと可愛子ぶる身長190p後半の成人済み男性(生後28年6ヶ月)を目に映しながら、伏黒は己の額にピキッと浮き上がった青筋に気づかないふりをするので精一杯だったとか、なかったとか。


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