06


「恵、怪我痛いない?」


「ああ。――ていうかその質問何回すりゃ気が済むんだよお前…心配しなくても見た目より大したことねえからあんまり気にすんな」


言いながら伏黒は不安そうな顔の蘭を見るとわしゃわしゃと犬を撫でるかのように彼女の頭を撫でた。


晴れて(?)虎杖が宿儺の器になった翌日。伏黒と共に五条と虎杖のいる場所へ向かう最中、蘭は隣を歩く幼馴染みの頭に巻かれた痛々そうな包帯と頬に貼られたガーゼを目に苦い顔をしていた。


「うん…でも高専帰ったら硝子手当て、ちゃんとする。恵わかった?」


「ああ」


伏黒が頷くと蘭は漸く口を閉ざした。
しかしそれでも尚心配そうな表情を隠す事もせずじっと自分の横顔を見つめてくる蘭に、伏黒はチラリと横目をやった。


小動物のようにまんまるとした瞳が心配そうな色を孕んで揺れている。
正直な話、心配されて悪い気はしない。それが気心知れた幼馴染みからの心配ともなれば尚更だ。
中学の頃から不良と喧嘩をしただけで泣きそうな顔で自分の安否確認をする蘭。決して口には出さないが、そうやって大袈裟に自分の心配をしてくる蘭を可愛いとすら思っているくらいだ。


故に五条が昨日からうるさいくらいに羨ましいやらズルいやらと連呼してくる気持ちも分からなくはないのだ。
あそこまで蘭にベタ惚れなあの男が蘭につきっきりで心配されればさぞ鼻の下を伸ばし切って喜ぶ事だろう。


しかし"五条悟"は呪術師最強の男。怪我をした姿なんてのは勿論、敵に苦戦した姿すらただの一度も見たことが無い。
恐らくこの先も、あの人が蘭に心配される未来などそうそう無いだろうと思いながら歩いていると蘭が前の方を指さした。


「恵、悟と昨日の子いた」


どうやら考え事をしている内に目的地に到着したようだった。


「や!蘭ちゃん。ついでに恵」


「お、伏黒!と、伏黒の彼女さん…?」


「いやコイツは彼女じゃ――」


「悠仁、一番大事なこと言い忘れてた」


「一番大事なこと?」


「(ハァ…めんどくさ)」


「実はここにいる超ウルトラスーパー美少女こと蘭ちゃんは僕の(未来の)お嫁さんなんだよ!恵じゃなくね!ハイ悠二クン、"恵じゃなく"にマーカー引いて!ここ重要、テストに出るよ!」


「(どんだけ大人げ無いんだこの人)」


「えええ!?お嫁さんって…!その子俺らと同い年くらいじゃないの!?もしかして俺が思ってるよりもっとお姉さん!?」


虎杖が驚くのも無理はない。
彼は伏黒の隣に立つ蘭を目をまん丸くさせながら凝視した。


「いや、蘭ちゃんは恵や悠仁と同じ高校一年生だよ」


「だよなー。え、てことは俺らと同い年なのにもう結婚してるってこと?」


そもそも俺らの年ってもう結婚できるんだっけ?と自分の顎を掴みながら眉を顰めて首を傾げる虎杖に伏黒は一つため息をついてから口を開いた。


「結婚なんてのは五条先生の嘘だ この人適当なとこあるから一々間に受けるなよ。疲れるだけだぞ」


「え!嘘だったのかよ 一瞬ちょっと信じちゃったじゃん」


「そのまま信じていいんだよ悠仁、どうせ僕と蘭ちゃんが結婚する事実は変わらないんだし」


「いやだからあんた昨日断られたばかりでしょう…」


また言ってるよこの人…という顔で伏黒がどうしようもない人間を見る目で五条を見る。


「恵もおかしな事言うね〜 もう少し待って欲しいって言われただけで断られてはないんだよ。まぁそもそも断るなんて選択肢は初めから用意してないんだけどね!」


やっぱりこの人とは意思の疎通が難しいようだ。
伏黒は脳内でそう自己完結すると今日ここに来た本来の目的に思考を切り替えた。


「ハァ…そろそろ本題に入って下さい 五条先生」


「んーそうだね。――よし悠仁!東京行くから準備して。新幹線は3時間後だからそれまでにここ集合ね」


「え、めっちゃ急っ!!てか東京って…どうして俺が東京に?」


「オマエはこれから俺と蘭と同じ呪術師の学校に転入するんだ」


「ちなみに一年生は君で4人目」


「少なっ!!――って、もしかしてこの子も呪術師なの?」


虎杖は視線を五条から外し、蘭を見た。
静かにしていると思ったら彼女は何故か喜久福ずんだ生クリーム味をもっもっと一生懸命食べているではないか。


小さな口でもぐもぐとそれを咀嚼するその姿はやはり小動物を思わせるものがある。
庇護欲を掻き立てられるというか、守ってあげたくなるというか…とりあえず彼女には"可愛い"というワードが一番しっくりくる。


虎杖が年相応の感想を心の内で思っている一方、彼女の横にいる五条はというと喜久福が入った蘭の頬袋をツンツンとつつき満足そうに表情を緩めている。


女子高生に骨抜きな教師など一歩間違えれば犯罪なのではと思ったりもした虎杖(やることは破天荒だが意外と常識的ではある)だったが本人達が気にしていない様子なのでそこは割愛したようだ。


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