君の視線と僕の記憶
「チョロ松〜、今夜花火大会あるんだってさ。」
「花火大会?」
ここにやってきて数日。兄弟達は特につるむことなく各々好きなことをして過ごしている。おそ松兄さんはダラダラ、カラ松は展望台でガール待ち、一松は猫、十四松は素振り、トド松は海の家。僕もちよこちゃんと話すことが日課になっていた。話すのは決まっていつも夕方から夜にかけてまでで、その時間以外はどれだけ砂浜を歩いていてもちよこちゃんを見ることはなかった。ちよこちゃんにもきっと都合があるのだろう。僕はそう思うようにしていたから、この事に関してはあまり気に留めていなかった。
とある日のお昼過ぎ、風鈴の音を聞きながら畳に突っ伏している僕にいつもの様に調子のいい声で話しかけてきたのはおそ松兄さんだった。暑さでダウンしている僕が聞き返すと、僕と同様に床に突っ伏しているおそ松兄さんは「そーだよ。花火大会〜。」と間延びした声で答えた。
そんな光景を見ていた祖母は「ほんとあんた達は情けないねぇ」と笑いながらゆっくりとおそ松兄さんに続いて話し始めた。
「この町で1番大きなお祭りなのよ。小さいときあんた達六つ子も楽しそうに駆け回ってたわ。」
「そうなんだ……」
「そうよ。久々に行ってきたらどうだい?」
「んー……。」
「おぉ、じゃあチョロ松一緒に行かね?お前のおごりで!」
「一緒に行くわけねーだろクソ長男。ひとりで行ってこい。」
「チョロちゃん手厳し〜」
うざったく絡んでくるおそ松兄さんを交わして少し考える。人混みは苦手だけど花火には興味がある。1人は何となく嫌だし、だからと言って兄弟で行くなんてむさ苦しくてたまったもんじゃない。誰か誘いたい。そう思った時に1番最初に浮かんだのはちよこちゃんの顔だった。
ちよこちゃんは不思議な子だ。初めて会ったのに何だかとても懐かしくて。
彼女のことは知らないはずなのに、何故か知っているように感じる。確か彼女は昔からここに住んでると言っていた。あの砂浜に現れるなら近所かもしれない。それならきっと祖母も知っているはずだ。僕は半分確信したような気持ちになっていた。おそ松兄さんはさっき拗ねて出ていったから今は僕と祖母の2人きり。これはチャンスだ。近所の仲良しさんからもらったであろうスイカを力強く切りはじめた祖母に僕は控えめに声をかけた。
「ねぇ、おばあちゃん。ちよこちゃんって子、知ってる?」
「……ちよこちゃん、ねぇ。」
*
今日も夕日が沈む頃にちよこちゃんと会う。いつも儚いような透明な雰囲気を纏う彼女にお誘いをするのは少し緊張した。女の子だし、門限とか、色々ありそうな気がして。
「花火大会に、一緒に行きませんか?」情けないほど震えた声だった。そんな僕を見てちよこちゃんは嬉しそうに笑った後、コクンと首を縦に振った。
「花火見るときね、すごく景色がいいところがあるの。私だけが知ってる穴場。」
「そんなところあるの?」
「うん。すごく綺麗だよ。……あ、私以外にももう1人知ってる子いるんだけどね。忘れちゃったかな。」
「どうして?覚えてるかもしれないよ?」
「......んーん。忘れてるよ。」
沈んでいく夕日を映したちよこちゃんの瞳は悲しみを孕みながらキラキラとオレンジ色に輝いていた。僕はそれを見ただけで意味もないのに泣きそうになった。僕はいつもそうなんだ。踏み込みたいのに、怖くて知らない振りをして逃げてしまう。きっと1番悲しいのはちよこちゃんのはずなのに、気丈に前を見続ける彼女に僕の喉はきゅっとした。
「あ、その場所ね、ちょっとだけ遠いから時間かかっちゃうかも。」
「うん、いいよ。」
屋台をのんびりまわる時間はどうやらないらしくちよこちゃんは僕の手をとると早速目的地に向かって歩き始めた。離れないようにと握られた手に僕の全神経は集中する。細くて柔らかい女の子の手は強く握ればボロボロと壊れてしまいそうで緊張する。それでも僕は手を離したくないと思った。
悶々としていたら何だか急に恥ずかしくなってしまいブンブンと頭を横に振った。不思議そうにこっちを見たちよこちゃんに「なんでもないよ」と笑いかけて、気づかれないようにそっと手を握り返した。ちよこちゃんの耳がほんのりと赤くなっていたから、もしかしたら気づいていたかもしれない。可愛いなぁと思いながらも僕はその言葉を口に出すことはなかった。しばらく無言が続いたのに、何故か心地よく感じた。
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