泡沫少女


「思い、出したんだね。」

辺りはすっかり暗い。寂しげな暗闇にちよこちゃんの困ったような微笑みが浮かぶ。

「ごめんね、チョロ松くんの私に関する記憶が消えてたのは私のせいなの。」
「なん、で?」
「私を見たら、チョロ松くんきっと泣いちゃうでしょ。チョロ松が私に笑顔が好きだって言ってくれたみたいに私もチョロ松くんの笑顔が好きなの。だから、1から友達になりたかった。私なんて忘れて笑っててほしかった。」

ちよこちゃんの声はだんだん弱々しく震えていった。彼女の色も透明になっていく。

「ちよこちゃん、僕の名前、呼んでよ。」

口から出たその言葉は情けないくらい震えていた。

「……チョロ松くん。」
「うん。」
「チョロ松くん、」
「うん。」
「チョロ松、くん」
「ちよこちゃん、」

彼女の瞳は、これでもかって言うくらいに涙を溜めてうるうると潤んでいる。僕も、もうこれ以上我慢出来ないくらい苦しい。瞬きすれば、もうすべて零れ落ちてしまいそうだ。

「ちよこちゃんは、いつもずるいよ。友達なんて言い方ずるい。」
「チョロ松くんを縛りたくないの。」
「なんだよそれ。縛りたくないなんて、忘れて欲しいなんて本気で思ってる?僕の気持ち、もう分かってるんだろ?」
「でも、」
「お願い、僕の気持ちを拒まないで。余計に引きずっちゃうよ。言わせて。僕は、ちよこちゃんの本当の気持ちが知りたい。」
「……わたし、欲張りだから。チョロ松くんに、忘れて欲しくないって思っちゃうよ?いつまでも想ってて欲しいって思っちゃうよ?」
「いいよ。」
「奥さん、できたらっ……ヤキモチ焼くよ?」
「うん、焼いてよ。」
「幸せそうに笑ってるチョロ松くんの隣に、わたっ……わたしが、居れたら良かったのにって!きっと、おもうよ……」
「僕だって、きっとそう思う。」

ちよこちゃんは、嗚咽を漏らしながらこれでもかと言うくらい言葉を続ける。彼女はもう消えかかっている。あふれる彼女の涙を、僕は拭ってやることも出来ない。

「ちよこ、好きだよ。」

「う、ん。私も、小さい時からずっと、好きだよ。」

最初から君は、この夏しかとどまる気がなかったんだろ?
その言葉を、僕はぐっと飲み込んだ。

君は笑う。嬉しそうに笑う。幼い頃の笑顔と何一つ変わらない。無邪気で、綺麗だ。そうやって、僕の好きな笑顔だけ残して君はまたどこかへ行ってしまうんだ。
真っ黒な海には月がぼやけて浮かんでいる。もう、すぐそこに別れは近づいている。

「チョロ松くん。」
「ちよこ。」

抱き締め合うこともできないのに、まるで抱き合っているかのように僕達は擦り寄る。
ちよこちゃんは僕の顔に手を伸ばしながらゆるりと微笑み、ひどく優しい声を出す。

「チョロ松くん。目、閉じて。」

素直に目を瞑った僕が感じたのはまだ食べてもいないチョコミントの味。静かに僕が目を開くと、そこにはもう誰も居なかった。

遠くで兄弟が僕を呼ぶ声がする。早く食べてしまおうと、もうすっかり柔らかく溶けてしまっているアイスを口に含めば、なんだかしょっぱかった。

もう二度とは来ない夏。たったひと夏の逢瀬。

足元に流れてきた海水にはいくつかの泡沫が浮かんでいた。


泡沫少女 fin

20160813

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