様子がおかしいのは百も承知だった。

だいたいあの厳しい家で育ったレギュラスが連絡もなしにふらっと他人の家を訪ねるなんてするわけないのだ。いくら恋人である私の家だとしても。

彼から直接聞いたわけじゃあないけれど、今彼がどんなところに出入りしているかは知っている。おそらく彼も私がそのことを知っていると気づいているだろう。けれどお互いにそれを口にするのは憚られて、ほとんど一年そのまま過ぎてしまった。私たちは世間一般の恋人たちと比べてひどく脆い絆で繋がっている。

彼の兄が家を出たころ、確か私たちは付き合いはじめたと記憶している。それが家族愛を埋めるものだったのか、恋愛感情によるものだったのか。今となっては問うことはできない。


「エミリ、エミリ。どこにもいかないでくださいね」


ひとつ歳下ではあったものの全くそういう面を見せようとしなかったレギュラスが珍しく甘えるような態度をとるようになったのもあの時期だった。
ほんの少し不思議に思う気持ちもあったけれど、兄であるシリウスが夏休みのうちに家を出たことは聞いていたし、何より私も恋人に甘えられて悪い気はしなかったから問い詰めることはなかった。いや、本音を言えば彼の思いを聞くのが怖かったのだ。けれど、今になって思えばあのときちゃんと話をしておくべきだったのかもしれない。

「どこにもいかないでって言ったのはそっちなのに」

彼が出て行った扉から目を逸らせずに独り言ちる。
それは自分の臆病が招いた結果への矛盾めいた批判でもあった。

*****

マクシミリアン・ハインツェは純血主義者である。
それは在学中に七年間を過ごした出身寮の影響が大きいように思う。しかしだからといって彼は純血生まれの魔法使いとマグル生まれの魔法使いとを差別することはない。純血は守らなければならないものではあるが、マグルに勝ることばかりではない。むしろ彼らの持つ精巧な技術力には魔法族が束になっても敵わないとも思っている。彼は純血主義者であると同時に能力主義者でもあった。

そのマクシミリアンは暗い森にある一軒家を訪ねていた。従姉妹のエミリが一人で暮らす屋敷の様子をを訪ねて来いという父の命を受けてである。
様子を見るも何もマクシミリアンとエミリの仕事は同じハインツェの名の下に行う魔法薬の開発だったから、わざわざ家を訪ねるまでもなく頻繁に顔を合わせている。しかし近頃の魔法界に漂ういやな空気を見ているとそうも言えない。
おそらく父もそれを鑑みてマクシミリアンに命令したのだろう。
マクシミリアンには兄弟がいないから、エミリはハインツェの血を引く唯一の女の子として父にも伯父にも祖父にも蝶よ花よと可愛がられてきた。それを無下にすればマクシミリアンの命は無いし、彼自身五つ年下の従姉妹を可愛がってきたのだから自然と過保護になってしまうのも当然だ。

これがエミリの暮らす家を訪ねる主な理由であったが、もうひとつ、マクシミリアンには気になることがあった。

そうして扉の前にたどり着いたとき、微かな魔力の名残を感じた。
こんな時代だ。闇の勢力のそれかとほんの一瞬危惧したが、よくよく考えてみればそれは少しの温かさを持ってそこにある。マクシミリアンにはその来客者に心当たりがあった。“気になること”が本当になるかもしれない。
多少警戒しながら、そして逸る気持ちを抑えながら、屋敷に入るべく一歩を踏み出した。ようやく現れた扉を開いて、ハウスエルフの歓迎を断りつつエミリの自室へと足を進める。なおざりにノックをして返事も待たずにドアを開けると、そこにはソファに腰掛けて考え込むエミリの姿があった。

「おい、エミリ。誰が来ていた?」
「……ねえマックス、どうしよう、」

珍しく狼狽した様子でそう呟くエミリにマクシミリアンはとりあえず近付いた。どうにか落ち着かせようとしながら、何のことだか話をするように促した。

「レグが、レギュラスがもう帰ってこないかもしれない」

やはりか、マクシミリアンはため息をつく。“気になること”が最悪の形で現実のものとなろうとしていた。

向かい合わせのさよならたち



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