どうしてもっと話をしなかったのだろうと今更になって思う。
彼が“あの人”に憧れていたことには気づいていたし、それが世間一般から見て良くないことだということもわかっていた。しかしそのことについて彼と話したことは一度もない。結局私は、彼との思想の違いを論ずるより彼と共に過ごす時間を選んだのだ。

彼の家のハウスエルフであるクリーチャーの話を従兄弟のマクシミリアン経由で聞いて、私はこれまでの臆病からどうにかして抜け出そうと決めた。これまでずっと不安に思いながら曖昧にしてきたことを、解消するために。


私がレギュラスと付き合いはじめたのは六年生の冬ごろだった。

「僕の求めているものはあそこにあるのかもしれない。何がとは言えないんだけどね。世間で言われてる評判も、あなたの考えているであろうことも何となくわかるからさ」
「思想は自由であるべきだもの。あなたがどう思おうと私がその思想に口出しはできないわ。だから何も言わないし、それなら私はその思想を理解してみたいと思うけど」


そんな会話をしたあとに、彼は決まって微笑んでいた。
付き合いはじめてすぐのころはまだ彼と本心で会話していたように思う。そのときにレグが“あの人”に憧れていることを知ったし、レグのように純血思想の中で育った人間ならそれは仕方のない思考なのかとも思っていた。彼がそのころから死喰い人となることを考えていたのかは、わからないけれど。
そんなふうに付き合いはじめて、お互いにクィディッチや試験などで忙しく、寮も学年も違った私たちはすれ違いが続いていた。それでもたまの休みに顔を合わせたり、手紙のやり取りをしたりして。言いたいことは言い合っていたように思う。けれどその夏、事件は起きた。

彼の兄であるシリウスが、家を飛び出したのだ。思えば彼はそのころからあまり多くを語らなくなった。

「ねえ、聞いたわシリウスのこと。どうして……」
「うちでは兄のことにはもう触れないでおくことにしたんです。だからあなたに言うことは何もありませんよ」


踏み込み過ぎたことを尋ねたとき、彼はこんな風に突っぱねるような返事を寄越した。けれど、それ以外のときはいつもの優しいレギュラスだったから、私はそれに甘えていた。レグが黙秘することに臆病にも触れないようにした。

レギュラスが死喰い人の仲間入りをしたと聞いたのは、その後人伝にだった。

*****

エミリが早々に覚悟を決めたものだから、俺もあの子にだけそうさせるわけにはいかないと決意した。まあ覚悟なんて決めたところでそこから先どうするかなんていう道筋は微塵も見えていないのだけれど。

「……ねえ、一度死喰い人になったら、生きたままぬけ出すことはありえないのよね?」
「ああ。一般的にはそう言われている」

エミリの問いにそう答えながら、思い出すのはホグワーツでの七年間を同室で過ごしたある男のことだった。奴もレギュラスと同じように名家の出である。
スリザリンに属した者なら、そして純血思想を誇るなら、“あの人”に従うのが体裁を守るにも家系を守るにも一番賢いやり方だ。そして、それは現在の家族を守ることにも繋がるだろう。
ハインツェ家の理念として《魔法薬師よ平等たれ》というものがある。文字通り求める者には誰にでも魔法薬を与えようという意味であるが、そのためにうちの一族では死喰い人にもあの騎士団にも加わった者はいない。完全に中立の立場をとるというのが現当主の意向だったからだ。世間的にも割と名の知れた我が一族のこの理念は知れ渡っていて、現時点では“あの人”の魔の手は伸びていない。まあ純血一族だというのが大きな理由だとも考えられるけれど。
しかしやはり、うちの事情は置いておくとして。“あの人”に属さなくとも、支持を表明している歴史ある名家は多いし、仮に今後“あの人”の勢力が拡大したとして一気に名声を得るのはやはり死喰い人として懸命に仕えた家だろうから、当主としての奴の選択は間違っていないと思う。卒業してからは滅多に会えていない友だったが、それくらいはわかる気がした。

一族の理念を守ることと体裁を守ること。一見似ているこのふたつは置かれている状況によっては全く違う意味を持つものになる。俺と友であるルシウス・マルフォイとの選択が異なっているのと同じように。

これをレギュラスに当てはめて考えてみる。彼の守りたかったものは何だったのだろうか。
彼の両親は死喰い人ではないものの“あの人”の純血主義に同調の意を唱えていた。だから彼が態々死喰い人に属する必要もなかった。それだけのことが許される地位にブラック家は位置していたし、彼ほどの才能溢れる若者なら魔法省に入るなりクィディッチの選手になるなり輝かしい未来が選り取り見取りだったはずだ。
しかし彼はなぜ死喰い人になるという道を選んだのだろう。

「そう。それじゃあレグを助け出すことができてもこの国にはいられないわね」
「ん、まあそうだな。……え?」
「だってそうじゃない。生きて死喰い人から脱け出した前例が無いなら死んだことにして国外に出ちゃうのが手っ取り早いと思うけど」
「……いや。それは親御さんがあまりにも不敏じゃないか?」

そのことを口に出してはたと気付く。確かに息子が死んだことにされ、実は生きていることを知らされぬまま過ごすことになるのはどんなに辛いだろう。
それでも。家族と、何かはわからないが彼がしたことは完全に無関係だと示すためにはその道しか残されていないのだ。

「……そうか。レギュラスが守りたかったのは家族なんだな」
「うん。私も、そう思う」

ひどく優しい目をしてエミリが俺の呟きに同意をした。真意はわからない。それでもエミリがレギュラスを想ってそれを言っていることだけは伝わった。

「よしわかった。国外だな。お前も一緒に行くだろう?」
「……え? ああ……そうね。……私もレギュラスと共に行きたい」
「よしわかった。じゃあそっちは俺がなんとかする」

戸惑いの色を隠せずにいるエミリの肩を軽く叩いて安心させるようにそう言った。エミリとレギュラスがここへ帰ってきたときにすぐ国外に出るルートを確立させておく必要がある。そもそもハインツェ家はドイツ系の一族だし、エミリの家族は東洋の日本に住んでいる。選択肢なら大いにあるはずだ。

「いや、でも仕事は……?」
「お前ひとり抜けたくらいで回らなくなるようじゃ天下のハインツェ家の名が廃るな」

わざとそんな風にからかってやれば、エミリは泣き笑いの表情を浮かべた。けれど、俺にできるのはここまでだ。

「気をつけろよ、エミリ。絶対生きて戻って来い」

バチン、という音を本日二回目に聞きながらそう呟く。
ハウスエルフのしわがれ声がエミリを連れてどこかへ姿くらましをするのを見届けたところで俺も可愛い従姉妹と可愛い後輩のために動き出した。

さあ、世界を愛そうか



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