クリーチャーと共に、薄暗い洞窟の中を進む。お互いに言葉を交わすことはなかった。
ただクリーチャーが気遣わしげにこちらを窺っていることには気づいている。けれど、この決意を揺らがさないためにも、僕はくちびるを堅く結んだまま歩みを進めるのみだった。

「こちらでございます……。レギュラス坊ちゃま……」

クリーチャーに導かれるがまま、洞窟を奥へ奥へと進む。そこには洞穴が見え、その中には黒い湖があった。僕の家名のように、真っ黒な湖。家族を守るためにここへ沈むというのなら、それはなんという因果だろうか。そんなことを考えつつ、湖を見渡せばそこには一艘の小さな小さな舟があった。

「ここか」
「はい。闇の帝王はここにクリーチャーを連れて来たのでございます……」

震える声でそう答えるクリーチャーの頭を撫で、小舟に乗り込もうとする。そんな僕のローブをクリーチャーが引っ張り、泣きそうな声でこう願った。

「もうおやめください、レギュラスさま! クリーチャーは充分でございます。今ならまだ引き返せます。奥さまと旦那さまのもとへ」
「それじゃだめなんだクリーチャー。家族を守るためには、僕がやらなくちゃ」
「奥さまも旦那さまもそんなことよりレギュラスさまが無事に家にいることをのぞんでいるはずです!」
「うん、でもね、僕は家族を傷つけられて黙って見ているような情けない大人にはなりたくないんだ」

引き留める言葉が尽きたのか、クリーチャーはローブを掴んでいた震える手を離した。その大きな目に涙を湛え、けれども決してそれを零すことなくまっすぐに僕を見つめてくる。彼もまた、大切な僕の家族だった。
兄のグリフィンドール入寮が決まったあの日から、僕は崩壊しかけた家の中でただただ両親に認められる良い子どもになろうと振る舞ってきた。それが家族を守ることに繋がると信じていたからだ。でも今のこの体たらくはなんだろう。僕が本当に守りたかったのは一族の理念でも体裁でもなく家族そのものだったと気づかされたのは今頃になってだった。

「クリーチャー、」

ポケットからロケットを取り出して、クリーチャーに呼びかける。闇の帝王が何をしているのか、やっとの思いで掴んだ僕に出来るのはこんなに小さなことだけれど、それでも誰かが彼を破るときにその助けになればいいと思う。

「これを持っていてくれ。そして、この盆が空になったらロケットを取り換えるんだ」

涙でもう返事のできないクリーチャーが必死で頷くのを見ながら僕は話を続けた。時間は無限ではない。

「ロケットを取り換えたら、ひとりでここから去るんだクリーチャー。母上や父上には何が起きたか言ってはいけないよ。家に帰ってこれまで通りの生活を続けるんだ。……それで家に帰ったら、何としてでも取り換えたロケットを破壊してくれ」
「……はい」

小さな手でゴシゴシと涙を拭うクリーチャーの頭を撫でる。彼にはなんて辛い役目を遺して逝くことになるのだろう。兄が家を出て、僕が二度と帰ってこない家を想像するとそれはそれは壮絶なものだった。それでも、きっとこれが最善の選択だ。

「……ありがとう、クリーチャー」

家族を第一に守ろうとしたことで、蔑ろにしてしまったものも確かにある。ほとんど何も遺せなかった彼女、エミリ。しかしこれから僕がすることが彼女をも間接的に守ってくれるのではないかと都合良く考えて自嘲した。あんなに中途半端な言葉だけを遺して去って、なんて重い男なのか。けれど彼女に僕のことを覚えていてほしいという思いもきっと確かに持っていたのだ。

内臓が焼けるかのような薬を飲みほして、やっとの思いでクリーチャーがロケットを取り換えるのを見届ける。

もはや抵抗する気力もなく、亡者が僕の左腕を捕らえるのをぼんやりと受け止めていた。
すべて僕のエゴかもしれないけれど、ここから見える未来のなんと明るいことか。それは僕の妄想に過ぎなくて、きっと今はまだ何一つ変わらない。
それでも僕のしたことが闇の帝王に一矢を報いるものだとすれば、それは美しい未来につながるのだろう。

涙ながらにロケットをしっかりと握りしめたクリーチャーが姿くらましをするのを見届けて、僕は湖のなかへ――――。


明日に足りない僕の命へ



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