08

こんなにも自分が弱いなんて知らなかった。今までどんな辛いことがあっても仕事には影響がないように、それこそプロとしてのプライドを持って隠し通すことだって出来ていたのに。泣き出した私の涙はずっと止まることはなかった


「......もう2日も経ってるんだ」


日付感覚もよくわからない、事務所には体調不良ということで仕事を休ませてもらっている。レギュラー番組だってラジオ番組だって、いろんな仕事が詰め込まれていたスケジュール帳には1週間分バツ印が付けられている


「あはは...情けな...っ...」


こんなに泣いているのに疲れて眠ることもできない。フラフラと立ち上がって洗面所で鏡を見ると、アイドルなんて到底思えない顔をした自分が写った。乱れた髪に濃くなった隈と青い顔色...あぁそういえば今日は龍也さんもオフなんだったなんてやっと思い出した。でも思い出したところで何なんだ...こんな状況で会える訳がない




ーーーピンポン



非情にもインターホンが鳴った。まさか相手が来るとも思わなかったけれど油断していた私が悪い。適当に髪を直しドアの元へと行く


「はい...」

「なまえちゃん元気〜?」

「は...?れ、嶺二?」

「ずっと連絡してるのに返事ないからさ!心配になって来ちゃった☆」


何度も泣き顔を見られた後で気不味さはあったけれど、事務所内の様子も知りたくて嶺二を部屋の中へと招いた。そういえばこうやって嶺二を1人で部屋に入れるのは久しぶりかもしれない


「...ごめん、あれからずっと休んでて」

「なまえちゃんの顔見たら"仕方ない"以外の言葉なんて出てこないよ」

「うん...でも私、プロとして失格だ」

「あのさ...僕が言える立場でもないんだけど、プロ以前になまえちゃんは1人の女の子だよ。何かあったときに傷ついたり悲しんだり、そんなの当たり前!」


今までよく我慢したね、と頭を撫でられると、緩んでいた涙腺からはまた涙が溢れた


「もうっ、泣きすぎて、枯れちゃったと、思ってたのに...っ...」

「なまえちゃんは甘えるの下手だから龍也先輩の前で弱音も吐かなかったんでしょ。偉いね、よく頑張ったね」


こういうとき嶺二は狡い。同じ年なのにお兄さんぶって私を甘やかす。いつもなら捻くれた言葉の一つや二つくらい言えるのに今日は何も出て来なさそうだった。

涙を流し少しだけ気が晴れた気がしたその時、嶺二は残酷にも現実を突きつけてきた



「そういえば龍也先輩も今日様子見に行くって言ってたけど...多分もうすぐ来ると思う」

「えっ...」



ーーーピンポン



今日2度目のインターホン、誰だろう?と考えるまでもなく答えはわかっていた


「なまえ...」

「龍也さん...」


うまく言葉が続かない、どうしよう、息が苦しい、頭が回らない、何から話せばいいのか、話してもいいのか、


助けて、と嶺二に目で求めると


「2人とも話すことたくさんあるでしょ!僕はもう帰るから、あとは龍也先輩よろしくね!」

と建前を言いつつも、"何かあったらすぐ連絡して"と耳打ちしてきた。もう覚悟を決めて話すしかないんだ


「お前に言われなくたってわかってんだよ」

「ははっ、先輩厳し〜い!じゃ、なまえちゃんお大事にっ」

「嶺二...ありがとう」


笑って部屋を出て行く嶺二を見送り、ついに龍也さんと2人きりになってしまった


「大事な...話があるんだ...」

「うん...」






どこで何を間違ってしまったんだろう。こんな時に、こんな状況で、どうして距離を離して不安になることばかり。

運命って理不尽なものなのかもしれないって、そう思うしかなかった





「10日後から2ヶ月、仕事で海外に行く」



あぁ、もう一度やり直せたらいいのに