第六話

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 彼女らは__あのとき、伊達工の体育館で見た女子生徒たちだったのかもしれないと思った。もう、全く顔は覚えていないけれど、人数と言い、話し方と言い。一致するものがあまりに多かった。そうか、そうだったのか。私は彼女たちに二度も心を乱されていることに無性に腹が立った。彼とは、連絡をとることをやめてしまっていた。毎週一緒に帰っていたのをしばらくやめよう、と一方的に告げ、理由を聞かれてもなんとなく、とはぐらかして。それから彼は何でもないようなことを連絡してきてくれていたが、未読無視を続けてしまっていた。彼が嫌いになったわけではない。「ガリ勉ではないだろ」ということは、私がガリ勉なら嫌になって別れるのだろうか?彼は思っていなくとも、世間的には私は十分ガリ勉かもしれないのに?そもそも彼が知らないだけで、私が彼の基準でもガリ勉の可能性だってある。彼が悪いわけじゃない。良く分かっている。彼はそういう意味で言ったわけじゃない。私が悪く言われていたから、それをかばっただけだと。正しく理解できている。だがどうやってもうまく飲み込めなかった。そのときの出来事は飲み込めたのだ。あの後インターハイを見に行って、彼の新たな一面が見ることができてよかった。学園祭に来てくれて嬉しかった。夏祭りも、夏休みに出かけたことも楽しかったから。それらの出来事と時の流れで忘れるようにして飲み込めていた。だがもう駄目だった。彼のセリフも、居心地悪そうにしながらも少し照れ臭そうに甘えた視線を送っていたあの女も、彼を詰るその取り巻きも。全部が嫌だと思ってしまったから。


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二口はどうやら結構生意気な後輩らしいと知った。別に性格が良いとは思っていなかったけれど、これでも私に対してはまだ大人しい方だな、と気付けた。試合で、1年だからフルで出ることはなかったけれど、短い時間でも存在感があるように見えた。少なくとも私の目には。ただおそらく先輩であろう人たちがそろいもそろって背が高い人が多いから、いつも見上げるくらいな彼が小さく見えた。それにも関わらず印象に残っているのだから、よっぽど彼に視線が集中していたのだろう。今日の分の試合が終わり、今日は彼に「待ってろ」と釘を刺されたので仕方なく観客席で待っていた。ミーティングとかあるだろうし、高校ごとに行動するんだからどうせ一緒には行動できないし、なんなら帰りも別だろうに。携帯に通知が入る。「今から行く」と、それだけ。

「……どこに?」

思わずつぶやいてしまった私は悪くないと思う。ほどなくして「今どこ」と連絡がきたから、「観客席の真ん中の列の後ろから5行目」と送った。5分くらいで彼が来た。というか、彼の高校のメンバーがいた。試合が終わったチームは結構観客席で見ていたから、伊達工もそうなのだろう。次の試合は強豪高校の試合らしいので、それも関係しているのかもしれない。伊達工は私の座っている位置よりも前に座った。通路を通っていく際に、彼のほうを見ていたら、「待ってろ」と言われた、気がする。口パクだったから定かではないけれど。そうやって座ってからすぐに彼は席を離れて私のもとへ来た。

「おつかれ。おめでとう」

「おう」

「来てよかったの?」

「試合までまだ時間あるしな」

すごかったと思った。スポーツに力を入れている人たちの熱気で圧倒されそうだった。会場の雰囲気に呑まれる、という感覚を初めて味わった。試合に出てもいないのに。それを言ってしまったら変に緊張をあおるかな、と思って言わなかったが、インターハイが終わったら絶対に伝えようと思っていた。

「おい二口。なに油売ってんだ」

「すいませーん。試合始まる前には戻るんで」

「……知り合いか?」

「そうですけど」

おそらく先輩だろう人になかなかな態度だな、と私がぎょっとしてしまった。私は年上に対して恐縮してしまう癖があったからだ。なかなか圧のある先輩だと思ったけれど、もしかしたら私を気遣ってくれたのかもしれない。ということは、先輩には二口が試合会場でナンパするような人に見えているのかと思うとちょっと面白かった。ふふ、と笑い始めた私に「何?」と聞いたのは二口だった。

「部活の中で、というか先輩に軟派な男だと思われてるのがなんか面白くって」

「鎌先さんのせいで誤解生んでるじゃないスか。やめてくださいよ」

「は?もともとお前がそんなんだからいけないんだろ」

なんだか揉めそうな雰囲気だったので空気になっておいた。私のせいじゃないし、関係ないです。私はこの人たちと何のかかわりもありません、という顔をしておいた。お手洗いにいっていた選手がいたのだろうか、次第に選手が再び集まり始めていた。ふたりがどうでもいいことで言い合いしているのを他の先輩が止めに来た。だが二人が落ち着く様子もなくしゃべっているから、なんだか可哀そうになってきて、助け舟を出した。先輩の方はどうにもできないけど二口は私が言ったらある程度のことは聞いてくれるだろうという自覚があった。

「ねえ、もう少しで始まるんだし、そろそろ席戻ったら?」

「あ?あー、うん。鎌先さんのせいで全然話せなかったスけどね」

「喧嘩売ってんのか」

一生話してるじゃん、と思って袖口をくいっ、と引いて、言葉をつづけた。

「私次の試合見たら帰ってるから。また明日」

「…了解」

「……彼女?」

私たちの会話を傍観していた、先輩が言った。私は即答できずに彼の方を見た。彼は私の方を見ないまま、先輩たちの方に向き合っていた。

「、そうですけど」

認めたことにびっくりしてじっと彼を見つめるけど彼はこちらを見ない。

「は?二口お前彼女いんの?!」

「何スか。非リアの僻みは見苦しいですよ」

「本当に?」

先輩たちが私の方にちら、と視線をやって聞いてくるから、「本当です」と私は言った。先輩たちは「マジか…」みたいな顔をしていた。二口はそんな先輩たちの様子を見ていた。

「マジか…」

前言撤回。言葉も口にした。このままだと面倒そうだと思った私は「もう試合始まるよ」と彼を急かした。彼の先輩たちもまた、時間に追われて去っていたが、聞きたいことが多そうな顔をしていた。「マジか」という顔だった。次の試合が終わって早々に会場を後にする。下手に残ったら絡まれそうだった。
 2回戦目は翌日行われた。昨日と同様に、真ん中の、後ろの方の席に座って試合を見ていた。2試合目も勝利を収めた伊達工は明日も試合がある。さすがに学校なので明日は見に行けないな、と考えていると彼の高校が同様にして観客席にやってきた。彼の先輩たちは私を見つけると、挨拶するように会釈したので私もお辞儀で返しておいた。彼は「よっ」みたいに手をあげたから、私も振り返しておいた。今日は彼だけでなく先輩たちも私のもとにやってきた。正確には、彼と話してしばらくしてから、彼らがやってきたのだが。

「どうしたんですか?」

伊達工のジャージを着た、女の子だった。マネージャーだろう。同学年に女子のマネージャーがいることを聞いていたから、たぶんその子なんだろうと思った。私はそれを聞いたとき、ちょっと嫌だなと思った。マネージャーは同学年の選手を好きであるに違いないという偏見みたいなものだ。あまりに数の少ないサンプルに基づく、くだらない偏見だ。本当は彼女も彼を好きだったらどうしよう、というしょうもない不安だった。彼女は伊達工のジャージを着た人たちが別でちょっと集まっているのを疑問に思って興味本位で来てみたらしかった。

「いや、二口が彼女と会ってるから」

「え!二口彼女いたんですか?」

「うん。ほら」

先輩が私の方に視線を誘導した。彼女からは私は見えていなかったらしい。二口の陰に隠れていたか、そもそも私服だったから関係のない、たまたま隣に居合わせた人だと思ったのか。二口に彼女がいると知ってからの反応的に、ショックだとか、がっかりした感じは見受けられなかったことにひとまず安心したが、果たして。

「初めまして」

「初めまして!ええ、可愛いですね」

「ありがとうございます」

「二口と同い年ですか?」

「そうです」

「じゃあ私とも同じだ!よろしくね」

にっこり笑って返事の代わりとした。ちらっと二口を見ると視線がかち合った。見られていたのだろうか。「…何?」「いやなにも」なにもない割にはやけに見られていた気がしたが、それを言ってもどうにもならないと思って、釈然としないまま流した。

「…あんまうつつぬかしてんなよ」

「言われなくてもそんな浮ついてませんって。付き合いたてでもないですし。あ、鎌先さんは彼女できたことないから分からないかもしれないスけどね」

「ああん?」

「…二口」

また口論になったら面倒そうだと袖口を引いた。

「…何」

「……」

何でもなくはないので、何でもないとは言えず、かといって先輩に生意気言うのやめれば?と言えるほど彼の言動が気にかかったわけでもないし_彼がそれでいいなら止めるほどでもないという意味だ。別に年上に舐めた態度をとることを断じて推奨しているわけではない_なんて言おうか迷って、黙り込んだ。喧嘩されると面倒なんだけど、と言ってしまうと、二口はともかく、見知らぬ二口の先輩を傷つけることになるかもしれなかったからだ。私の言いたいことがなんとなく伝わったのか、彼は先輩に向き直ると「非リアの先輩に悪いこと言いました」と謝罪なのか煽ってるのか分からぬような言葉を返した。馬鹿だこいつ、と思った。

「お前な…」

先輩は絶対にクソほど生意気な二口をシメたかっただろうに、私に免じてか、公共の場だからか、それ以上は言わなかった。

「ねえ、連絡先交換しない?」

その場の流れを変えたのは彼女の一言だった。私に向けての言葉だった。

「、いいけど」

「ありがとう。二口がなんか問題起こしたら伝えておくね」

「おい、ふざけんな、やめろ」

「よろしく頼みました」

「おい」

彼女は終始誠実な態度だったと思う。同じ部活の人であることを鼻にかけた行動をして私を不安にすることがなかったから、この人は信頼できると思った。仮に二口のことが好きであろうと、不誠実なことはしないだろうと思えただけで、私は彼女と友達になれると思った。友達になれたら良いな、と思った。昨日とうってかわって、私は快い気持ちで帰路へ就いた。翌日、伊達工業高校は強豪校にやぶれ、予選で敗退したと聞いた。今年の伊達工のインターハイが終わった。

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