第七話

***

「文化祭?」

「そう、六月最終週の土日にやるんだけど、どっちかだけでも来れたりしない?」

「片方だけなら、多分」

「本当!」

六月の末には、私の高校の学園祭があった。結構学園祭に力を入れている学校で、クラスごとのブースも手が込んでいる。皆が浮足立っていた。私のクラスは多数決でお化け屋敷をやることになった。かなりの本格派で、毎年この学園祭のお化け屋敷のブースでは泣いて出てくる人も多かった。それを知っているからこそ、クラスのみんなもお客さんが怖がるようなものを、と気合が入っていた。

「私のクラス、お化け屋敷やるから。来てね」

「は?マジかよ。お化け役やんの?」

「まさか。私は受付みたいな感じかな」

「へえ」

「当日さ、二口は来れるにしても、日程的に来れる友達いるの?」

「あーいるんじゃね、部活入ってないやつとか、緩い部活のやつは暇だろ」

 私も例にもれず、浮足立っているようだった。ただ問題は、私に彼氏がいることがあまり知られていないことだった。知っている人は知っていると思う。二口の行っていた中学から、今私の通う高校に来た人も_残念ながら私の知っている人、すなわち小学校が同じ人はいなかったが_数は少ないがいるのだ。その人たちとは最寄り駅が同じだし、私と二口が並んでいるのを見かけることは何度もあっただろう。親しい友達には彼氏がいること自体は言ってあるし、そこから噂として広まっているかもしれない。ただ、写真などは見せていない。SNSにもあげていなかったので、直接見たことがない人は、二口の顔を知らないはずだ。それを知られるのが嬉しい気持ちと、少しの嫌な気持ちとで混ざっていた。学園祭準備の時は無心で作業を進められていたものの、ふと思い出してしまうと、うっ、と気持ちが詰まってしまう。ぼーっとしていると友達が「何かあったの」と声をかけてくれた。なんでもないよ、と言ってから、何でもなくないな、と思い直し、彼氏のことでちょっと、と言った。彼女は中学から仲の良い、気心のしれた相手だったから。

「え!どうしたの」

「今度の学園祭、2日目に来てくれるんだけど、なんか…」

「うん」

「なんとなく、それを意識しちゃうと、手が止まりやすくって」

「なんだ惚気か」

「いや。……いや、そうか。そうだわ」

「認めるんだ、ウケるな」

「そのつもりなかったしマジで悩んでるつもりだったけど。言葉にしてみたら本当に馬鹿みたいな悩みなことに気付いた」

自分のうちにとどめているととても大きな悩みであるのに、人に説明してみたり、話してみると案外そうでもないものだ、と改めて感じていた。

「まー私としては楽しみだけどね。ようやく彼氏の顔が拝めるわけだし」

「そんなレアキャラみたいな」

「だって絶対見せてくれないじゃーん」

「…ハードル上がるから言いたくなかったんだけど、私からしたら超カッコいいんだもん。見せたくないじゃんそんなの」

「うっわ、絶対イケメンじゃん」

「私から見たら、って言ったよね?期待すんのやめてよ」

「それでマジでかっこいいねって言ったらちょっと嫉妬する?」

「うーん、知らない女子に言われてたら、まあ、ちょっとは」

「私は?」

「なんか大丈夫かも」

「よし、期待しておこ」

「ねえ、ちょっと、話聞いてた?」

互いに大きめの声で笑いながら作業を続けた。いつもの下校時間よりも遅い時間まで準備するのは非日常感がすごくて、興奮が一入だった。

 ブースがとりあえず完成すると、テスト運航ということで、何人かクラスメイトが入ってみることになった。もちろんお化け役の人は配置について実際に脅かす練習をする。私はその友達と、一緒にお客さん役となって入っていった。私もちょっとは怖い気持ちはあるけれど基本的にはそこまで怖がらないし、何よりも一緒に入る友達がありえないほど怖がるので、それを見るとますます落ち着いてきて笑ってしまうほどだった。彼女が後ろは嫌だというから前を任せたのだけれど、驚いて懐中電灯を放り投げたり、私の手と腕を力いっぱい握ったまま走りだそうとするから何度か転びかけた。それも含めてなんだかおもしろかった。

「待って待って、無理無理無理!」

「めっちゃ叫ぶじゃん」

「さっきの誰だった?!マジでわかんなかったんだけど!」

「確かに。野球部の…あれ、違ったかな、私も自信ないわ。変装も声もすごいよね」

「もうなんでもいいから!やっぱ前行ってお願い!」

「いいけど。じゃあ懐中電灯ちょうだい」

「それは嫌!」

「…道見えなくて、怖い以前に転びそうなんだけど」

「後ろから照らすから!」

「絶対投げるじゃん…」

そんな会話をして、仕方なしに前を行くと、さっき前から脅かして去っていったお化け役の人が後ろに行ったのを思い出したから、あ、もしかして、と思った。そして多分余裕のなさそうな彼女は気付いてないだろうと思った。思ったけれど言わない方が本当に面白そうだったので、黙って前だけ見ておいた。他の人も試運転で楽しみたいだろうし、早く行こうと踏み出すが、彼女ががっちりつかんでいるせいで進みにくい。

「怖いならはやく出ようよ」

「私もそうしたいよ!」

にやにやしながら私が言うから、彼女はちょっと切れ気味だった。流石に哀れに思えてきて「ごめん、じゃあ一歩ずつ進んでいこうか」とフォローしておいた。笑いすぎると彼女は泣いてしまいそうな勢いだったから、なるべく面白そうな笑いでなく、穏やかな笑顔と声色で言った。と、その直後。

「うわああああああ……」

「ぎゃあ!なに?!やだやだやだ!」

うしろのお化けに脅かされて後ろに行ったばかりだというのに、俊敏な動きで私の前に回った。もちろん懐中電灯はどこかへ行った。お化け役の人に向かって放ったので、床に落ちた懐中電灯はお化け役の人が指さして言った。

「落としたよ…」

「いやキャラ徹底しててえらいな。ありがとう」

すっと腕を伸ばしてそれを拾うと、もう二度と彼女に渡さないと決意してそのままゴールへと駆け抜けた。のちにお化け役の人に「バッチリだね、最高」と言っておいた。彼女は「最悪だった」と言った。

 お化け屋敷は分かりやすさもあって、私のクラスは一日中大盛況だった。並ぶ列が長すぎて、整理券を作って配らなければならないほどだった。一日目がそんなだったから事前に混雑具合を連絡しておこうと思って、二口にも言っておいた。人気だから早めに来た方が良いよ、と。じゃあズルして整理券をくれ、とのたまったので、無理、と返しておいた。オープンは10時からで、彼はそのオープンからクローズまでいられるらしかった。昼過ぎに私のシフトが入っていない時間があるので、その時間に一緒に屋台を回ってお昼ご飯をたべないかと誘うとすんなりOKされた。彼の友達は、前に私を試合の観戦に誘った彼含め3人来るとのことだったので、それのおかげで誘えたのもある。知らない友達であったなら二口をその友達の中から引き抜くのは気が引けただろう。あらかじめパンフレットの写真も送っておいたので、どこ回りたいか考えといてね、という旨を伝えておいた。翌日、お客さんが入る前の準備の時に、友達が「彼氏来るの今日だっけ?」といった。「そうだよ」と返す。もともと彼女には、今日は彼氏が承諾したら彼と一緒に回ると言ってあった。その代わりと言っては何だが、彼女とはもうすでに昨日いくつか一緒に見て回ったのだ。

「楽しみにしてるんだから、来たらちゃんとどの人だって教えてね」

「はいはい。でも昨日の状況教えて朝一を勧めといたから、多分早めに来ると思うよ」

その会話を聞いていた周囲のクラスメイトがこの話題に食いついてきた。

「え!?彼氏来るの?見たいんだけど」

「めっちゃ気になる」

「てか彼氏いたんだ」

「あんま言わないでね。面倒だから」

口々に言うもんだから、ちょっとだけ困ったように笑って、諫めておいた。このクラスメイトたちのいいところはそこまで人に興味をもたず、からかいとか冷やかしを嫌がってきちんと拒絶すれば、みんなある程度控えてくれるところだった。みんなは「了解」と言って、でも楽しそうに笑っていた。多分、口にしてからかわれないでも、温かい目で見られるかもしれない。ちょっとだけ照れ臭かったが、彼氏の存在をひた隠しにしていた中学校時代よりよっぽど良かった。嘘をつかなくていいというのが、精神的に楽だった。中学校の頃に「彼氏がいる」と言ったら今よりずっと居心地の悪い思いをしただろうから、言わなかったことに後悔はないが、やはり隠し事がないのは良い。昨日と同様、オープンと同時にたくさんの人が校舎につめかけた。はじめの方のお客さんを並べて5組ほど案内した頃だろうか、彼と、彼の友達がやってきた。当然と言えば当然だが制服でなかったので、なんだか新鮮だった。彼の私服を見るのはいつぶりだろうか、とその時初めて気が付いた。友達のうち、ひとりはもちろん知っている顔だったが_彼も制服でないのがなんだか不思議だった_他の二人は当然というべきか、知らない顔だった。にもかかわらず、その知らない男は私の顔を見てこういった。

「あ、あれじゃん、二口の彼女」

どうして知っているのだろうと思った。もしかしたら私が覚えていないだけで、最寄り駅が同じの、新学期の頃に二口と話していた男のうちの一人なのかもしれない。このとき、彼が私の写真を見せていた、とは露ほども思わなかった。実際は後者であったと知るのはもう少しだけあとのことだった。

「やっほ。迷わず来れた?」

「当たり前だろ」

彼と軽く挨拶すると次に彼の友達たちに目を向けた。

「久しぶり」

「うん、久しぶり。ここの文化祭すごい人だね!噂には聞いてたけど」

「そう。大盛況なの」

それから残りの二人にも目を向けた。

「初めまして」

「どうも〜」

「めっちゃ話には聞いてます」

「そんな話してます?」

「話してねえよ」

ふふ、と笑ってから4人で大丈夫ですか、と形式的に質問した。あんまり長く話し過ぎると後ろがつかえてしまうから、とりあえずでも列を進める必要があった。4人を列に並べさせて次のお客さんの対応をする。合間を縫って、今度は私の友達が話しかけてきた。

「あの人たち?」

「そう」

「どれ?」

「手前側の、前にいる人。茶髪で背高めの」

「あれか!え、かっこよくない?」

「だから言ったじゃん」

「話しかけに行ってもいい?」

「良いけど」

彼女は了承を得るや否やすぐに他の受付役の生徒に声をかけると、私たちが少しの間対応できないことを告げた。その子たちは快諾してくれたため、すぐに二口たちのもとへ向かうことができた。

「初めまして。お噂はかねがね」

「……どうも」

彼は独特な友達の言い回しと興味津々といった圧のある雰囲気に面食らったのか、少しぎこちなく返答した。彼女の話は中学校の頃からしていたから、知らないはずはない。彼女と出かけることも多かったので、写真を見せることもまた多かったのだ。

「この子が頑なに彼氏の写真見せてくれないから、今日やっとお目にかかれたんですよ〜」

「ちょっと余計なこと言わないでよ」

「へえ、初めて聞いたな」

「二口、お前もそうだったろ」

「そうそう、全然見せてくれなくてさ」

「勝手に携帯見たんだよな〜」

「そしたらちゃんと彼女の写真、お気に入りしてあって笑ったよな」

あ、それ私がやったやつだ。二口の様子を思わず伺ったけれど、私に怒ってる様子はなかった。

「しかもアルバムでまとめられてたし」

「おい、そろそろ黙れって」

「あ、それこの子もそうだよ」

ね?と同意を求められて、この友達はなんてことを言いだすんだと思った。いつ見られたのだろうか。ぎょっとしたと同時に、彼に関しても聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。彼もアルバムでまとめてあるというのは初耳であったから、あとで必ず聞いてやろうと決めた。だが、今は二口に真偽を確かめるより友達の口を止めるべきだ。そう思って彼女を止めていると彼にもその思いが通じたのか、彼の友達を違う話題に誘導していた。そうして二人でそれぞれの友達を制止していると、彼らの順番が回ってきていた。楽しんでくださいね、と辛うじて笑みを携えて言った。きちんと話したことはないので正確ではないが彼ら4人のうち、お化け屋敷をやたらと怖いという人はいないようだった。本当に怖い人は並んでいるときから怖い、と口にするし不安そうにしているからだ。これは昨日一日受付を通して学んだことだった。彼らを見送ったのち、すぐ受付役の友達に声をかけて業務に戻る。少し時間が経っただけでまた列が伸び始めていた。1時間後にはまた整列を止めて、整理券を配ることになるかもしれない。これもまた、昨日でなんとなくつかめてきた客足の感じだった。仕事をしてくれていた彼女も「彼氏どうだった」と聞いてきた。

「かっこよかった!想像よりもはるかに仲良さそうで安心したし」

「え〜私も見たかったな」

「しばらくしたら出てくると思うけど」

「男子4人組の、茶髪で高身長でイケメンな人がそう」

「ハードル上げすぎじゃない?」

お化け屋敷をやっているから、時折教室内から叫び声が聞こえる。甲高い声だったから、少し前に入った女性の二人組だろうか。そうやってどの団体の声だろうと予想したりするのがこの仕事の楽しみの一つと言ってもいい。他にも、知り合いの知り合いが来て、その人たちを見るのも楽しみと言える。私の友達たちが私の彼氏に湧くのも、そういった理由からだろう。

「…なんか叫びながら笑ってない?」

「絶対あの人たちじゃん……」

野太い叫び声の後にまあまあ大きな声で笑い声が続いた。その声を聴いて、あ、二口だ、と思った。叫び声は分からないけれど、少なくとも笑っているのは彼だな、と。笑い方もそうだけど、声があまりにも聞きなじみのある声だから。これで違ったら恥であるし、当たっていたとしても揶揄われて恥をかくから、もちろん友達には言わなかった。ほどなくして彼らが出口から出てきた。懐中電灯を出口で回収する。

「楽しめました?」

「最高」

「ちゃんと怖かったんだけど…」

彼の友達のひとりは強がっていたのか、そもそもあまり得意でないのか、文化祭だしと心構えが足りなかったのか、ひどく怖がっていたらしい。他の3人はその様子を見て多少は怖かったけれどなんだか面白かった、と言っていた。

「じゃあ。他のブースも楽しんで」

「了解。あとでまた連絡する」

友達からのにやにやした生暖かい視線は気になったが、死ぬほど嫌なものではなかった。彼らが去ったのちに私そっちのけで二口について話すものだから、それはなんだか居心地が悪くて仕事に没頭していた。彼女らは私に何回か話題を振ったり質問したりしたけれど私が適当にはぐらかして答えるので、乗り気でないと伝わったのかその話題はすぐに流れていった。
 午前中も長いと思ったが、客足が途絶えなかったのであまり時間を考える暇もなく、私のシフト終わりの時間となった。私が休憩に入る前の、昼過ぎの時間帯には予想通り列の並びを止めて整理券を配ることとなった。次のシフトの人に状況を説明して引き継ぐと友達とそろって教室を離れた。彼女は彼女で別の友達と回るとのことで、その友達と早々に合流して去っていった。
 先ほど彼に「終わった」と連絡した。次の人がきちんと時間を守ってくれたので、ほぼ予定通りの時間に終わることができた。彼からすぐに返事が来る。「今から向かう」。待ち合わせた場所は玄関入ってすぐの、広間のような場所にある掲示板前だった。広めの空間で人が比較的ごったがえしていないからか、他にも待ち合わせている人が多いようだ。「どうせ校内巡るならクラスの宣伝して」とクラスの看板を持たされたので仕方なく持ってきた。彼らには言及されなかったが受付も含め私たちのクラスはみんな、お化け屋敷にちなんでメイクもゾンビのような血糊のついた顔であった。その顔でぼーっと待っていたから、なんだかちょっと怖い空港のウェルカムボードみたいだなと思った。残念ながらこの看板に二口の名前は書かれていないが。階段から降りてきてこちらに二口が一人で向かってくる。友達とはもう既に別れたようだ。

「悪い、遅くなった」

「平気。お腹すいてない?私なんか食べたいんだけど」

「ばっちり空いてる」

カフェや食品系は低学年がやる出し物だった。3学年はみんなアトラクションというか、教室のブースなのだ。なにかつまむならカフェや立ち食いのできるところでもいいが、私たちはがっつり食べたくて、結局焼きそばを買いに行くことにした。焼きそばをやっているのは一年生で同学年だったから、多学年に比べ知ってる顔が多いと容易に予想できる。この時間帯はお願いだから知り合いがいないでくれ、と思った。その期待はもちろん一瞬で裏切られる。この高校は進学校であるが、私の通っていた中学校の人たちはほとんどがこの高校を目指す。だから学年の6分の1ぐらいは出身校が同じだった。つまりやたらと知り合いが多かった。その状況で知り合いがやっていないと言う方が無理があった。当然のように「来てくれてありがとう」と「彼氏?」という言葉はセットで使われた。「そうなんだ」と認めるとひどく驚かれた。本当に中学校の頃は黙っていたからだろう。「かっこいいね」と言われると嬉しいような、やめてほしいような、何とも言えないような気持ちになる。「だよね〜」と適当に返しておいた。焼きそばとペットボトルのお茶を買って、その屋台を離れると、飲食できる休憩スペースとなった空き教室があったため、そこへ向かった。焼きそばは彼に持たせて、私は両手で看板を掲げながら校内を歩いた。道中見知った顔とすれ違った時には、「ぜひ来てね」と勧誘しておいた。義務は果たしただろう。学園祭の内容に触れることでもうこれ以上「彼氏?」と尋ねられるのを防ぎたかったこともある。少し昼ご飯には遅い時間帯だからか、みんな教室のブースを回るのに忙しいのか、休憩室には学生はあまり見受けられなかった。人ごみに疲れた、保護者たちが多い。学生特有の机が二つ、向かい合って並べられた席に腰掛ける。

「いただきます」

お祭りの時の屋台でも思うのだけれど、家で調理する焼きそばよりもずっと美味しく感じるのはなぜだろうか。絶対に家で作る方が手間がかかっていそうなものなのに。焼きそばのおいしさについて考えていると自然に思考が屋台へ向かっていき、そうなると他の食べ物について考えるようになった。

「チョコバナナは美味しいけど、正直りんご飴って食べにくくない?」

「何の話?」

「屋台の話」

私は自分の中で考えているうちにどんどん違う話題へと移っていって、その移り変わった話題を突然口に出すことが度々あった。友達も彼氏も、なんなら親でさえも「突然だな」と思われることは分かっていたけれど、一応私の中では連続した話であるので、今までに矯正されることはなかった。

「売ってたか?りんご飴」

「いや?あるとしたらイチゴ飴かな。あとはワッフルとか」

「食べる?」

「うーん。焼きそば食べてから考える」

しばらくは無心で焼きそばを食べていた。ふと、このあとどこに行こうか考えて、午前中のうちにどこのクラスに行ったか尋ねてみた。すると基本的に3年生のブース、つまりアトラクションを多めに見てきたという。ただ人が多くそんなには行けなかったと。どこをまわるべきか案を練って、ぽつぽつ話しながら完食していった。食べ終わった後すぐに動けなくて、お茶を飲みながら気分を落ち着かせていた。そういえばと、自分のクラスに彼が来たとき疑問に思ったことを聞いてみることにした。

「そういえば、写真。アルバムあるって本当?」

「…んなことあったな」

「なんで友達に写真見られたの?」

「ケータイ取られただけ」

「ふーん?じゃあ見してよ、写真」

「は?嫌だよ」

じと、と睨んでみても知らぬ存ぜぬという態度を突き通すので、そこまで嫌ならもういいか、と思った。拒否するということは本当にそのアルバムが存在しているのかもしれない。存在していなくとも、お気に入り登録が外されていないだけでも良かった。面倒でただ外すのを忘れていただけかもしれないが。はあ、と一息ついてから、「そろそろ行こう」と声をかけると、「…ある、って言ったら満足かよ」と。

「あるの?」

「悪いか?お前もあるんだろ」

「…確かに」

その言葉で十分だった。見せてもらわないでも、きっと存在するんだろうなと思ったから。そしてお互い様であることに気付いた。私はそれ以上その話題に触れなかった。
 その後いくつかのブースをまわった。3年生のブースはやはり高クオリティで、それを体験すると来年はもっと頑張りたいと思えた。途中、私の友達や彼の友達とすれ違ってからかわれたりしたのも良い思い出だ。
 私が「今何時」と聞くと、彼は携帯の画面で時間を確認した。その画面に設定された画像が_顔は映っていないものの_私たちの写真であると分かったときには思わず声をあげてしまいそうだった。普段学校帰りでは私たち二人とも携帯を出さなかった。中学校の頃は、彼の学校は特に携帯電話の類は持ち込みが禁止されていたから。彼の携帯の画面を見るのは卒業式の日、その携帯が新品であったとき以来であった。なんでもない顔をして「時間的にあと行けて1個か2個かな」と言ってそのまま学園祭を楽しんだ。しかし直後のアトラクションの内容は正直あまり覚えていなかった。前のクラスのほうが良かったな、と言われたけれど、そうじゃない。そうじゃないんだと、言えなかった。

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