出陣についても説明は受けていただろうが、再び一応説明した。今よく出陣している編成は、育成したい刀たちでなるべく同じ練度のものを六振り選んでいた。第一部隊では攻略が簡単すぎて、説明にならないだろうという打算もあった。

「どうして同程度の練度にしているか、分かりますか」

「検非違使対策です!」

「その通りです」

 彼女はそんな調子で、私が教えることも特にないのではないかな、と思うほどだった。そもそも見習い制度も全員やらなくても良いのではないかと思う。やらなくても審神者になれるのだから、廃止すればいいのに、と。
 第五部隊に編成した刀たちを見送り、戦闘の様子を一緒に見る。彼らが無事、軽傷未満で帰還したのでそれを迎え、手入れの仕方を実際に教えた。彼女に編成を考えさせたりもしたが、難なくこなした。彼女があまりに優秀なので、先に進んでみようか、という気持ちになった。新しく解放されたばかりの戦場は、私もまだ挑んだことがなかった。そろそろ行ってみようと思っていたところに彼女の受け入れのごたごたで機会を失っていたのだ。最高練度の第一部隊をうまく編成し、「せっかくなので新しいところに挑戦しますから、見ますか」と言った。この本丸で一番強い刀たちだと言っても、苦戦する難易度だった。
 敵のボス前で既に中傷が三振りだったが、私は出陣の姿勢を崩さなかった。

「え?中傷なのに…」

「次、倒せば帰還しますから。折れはしません。手伝い札の用意を」

 重傷は絶対に撤退命令を出したが、中傷は時と場合によってそのまま出陣させることも多かった。そうしなければいつまでたっても敵に勝てないからだ。

「でも、でも…」

「大丈夫です」

 第一部隊は無事に勝利を収めて帰還した。大和守は重傷だった。ほかも中傷、軽くて軽傷だ。それを直ぐに迎えて手入れ部屋まで連れていくとすぐに手入れを終えた。
 彼女は彼らの様子に気圧されていたが、これは本丸の日常でもある。酷になってしまったかもしれないが、良い勉強にもなっただろうと考えていた。軽傷だった加州の手入れを任せようとしたが、動揺していたので結局私が手入れした。「誉とったのに主に手入れされないかと思った」とは加州の談だ。
 ちょっと悪いことをしたな、とは思ったので「今日はゆっくり休んでください」と見習いに言った。
 その日以降も、新たなマップを週に一度は挑戦していたが、進めるときはそんな調子だった。そのたびに見習いは悲しそうな顔をしたが、重傷の手入れをできるようになった。それが大事だと思った。私も初めての出陣で重傷を負った薬研のことを忘れられないように、ひとりでいきなり受けるであろう衝撃を減らしてあげたかった。これなら私と違ってスムーズに重傷にも対応できるだろう。

 だが彼女は私の出陣方法に苦言を呈した。

「普段の育成の時はすぐに撤退するのに、どうして第一部隊は酷使させるんですか?」

「第五部隊は余裕で勝てる戦場に出しているから。傷が多いと手入れが大変なので。育成中はたくさん戦場に出ますし。第一部隊も無理な出陣はしてないですよ。勝てなさそうなら軽傷以下でも撤退しますし、戦況は見ています。絶対に刀を折るような真似はしません」

 この本丸の主は私であり、方針を決めるのもまた私であるので、文句を言われる筋合いはない。その意思が伝わったのか、彼女はそれ以上言ってこなかった。その苦言を飲み込んで、何事もなかったように他の業務に取り組んだ。

***

「私は審神者さんのこと、尊敬してました。
姉はなにかと嫌われがちだし、まあそれは私たちの家系も相まってですけど、そんな姉と仲良くしてくれて。姉が『良い審神者だよ』って言ってました。
私もそう思ってました。…実際に、出陣の様子を見るまでは。
分かりますよ、本当に姉と仲良くはしてなかったんですよね。ちょっと礼儀として話してただけで。…それでもすごいことなんです。
義理を重んじる人だと思いました。
たぶん他所の審神者にそこまで関心がないんだろうなとは予想してました。
でも自分の刀剣は大事にしてるはずだって。でないとそもそも研修先として認められるはずもありませんから。
初めはショックでした。政府にとっても、姉にとっても“良い”審神者が、この行いで保たれていたなんて。
ここは優秀な本丸だと聞きました。でも短期間で、はじめは通いで、しかも一般の出で、優秀なのには裏があったんですよね。
…審神者さんの行いについて、政府に確認したんです。…結果として好成績であるから咎めにくい、とのことでした。“咎めにくい”ですよ?つまり、本当は咎めるべきってことじゃないですか。
皆に主さんをどう思うか聞いたんです。たいていの刀剣は不満はないって言いました。でもそれって、刀剣だからですよね。刀剣が主を慕うのはそういうものだって習いました。不満がない、とは言わなかった他の刀は『もっと自分たちのことを顧みてほしい』って言うんです。不満もないわけじゃない。でも主だから、言わない。主には嫌われたくないから。刀剣はそういうものなんです。
審神者さんは刀剣たちへの興味が薄いから、知らない__はずはないですね、習いますから。気付かなかったか、気にしてなかったかもしれませんが、刀はそういうもので。そうすると刀剣も審神者さんを咎めない。刀剣たちからの訴えがなければ政府も動きません。
だから私が言います。…私が通報することだってできます。もっと刀剣男士を大切にして下さい。改善してください。でないと、審神者さんはこの本丸から離れないといけなくなりますよ」

 私は彼女の一方的な通告を聞きながら、どうやら彼女は姉よりは世間知らずでないらしいと思った。往々にして下の子は姉をはじめとする大人を幼少からよく見ているのだろう。悲痛な表情を浮かべた彼女を見て、私はそんなことを考えていた。

「…私は何か悪いことをした覚えはありません。私は私なりに刀剣たちと接しています。本丸によって在り方はそれぞれでしょう」

見習いはまだなにか言いたいようだったが、それを軽く制す。

「それに、それは貴方の考えであって、私の刀たちの意見じゃない。他の審神者が他本丸の事情に緊急時でもないのに首を突っ込むのはご法度だと、習いませんでしたか」

 彼女は私の言い分を少し聞き入れて、「なら、みんなを集めて、この話をしましょう」と言った。売り言葉に買い言葉ではないが、この見習いを抑圧しても政府から圧力をかけられそうだし、嫌であったがそれに応じるしかなかった。私は今までの本丸を続けていきたかった。この本丸を離れるなどもってのほかだ。



 食事の時に、話し合いがあるから食べ終わっても残るように告げた。私と見習いは離れて食事をとった。私たちの重い雰囲気を察したのか、皆の口数も少なかった。

「突然集まっていただいてすみません。見習いから、話があるそうなので」

その言い方に見習いはまたつっかかりたそうだったが、その挑発には乗ってこなかった。

「わたしから、ではありますが、審神者さんについてです」

彼女は先ほど私にした話を、刀たちに向けた話し方でもう一度言った。

「この話をしましたところ、審神者さんは改める気がないとおっしゃって。私からではなく、皆さんの考えが聞きたいのです」

私は一言も口を挟まなかった。その頑なな様子をどう思ったか、刀たちは暫くの間、黙っていた。

「…なにか、答えて頂かないと困ります」

見習いがそういってようやく、初期刀の加州が口を開いた。

「おれは主に不満はないよ。主なりに、おれたちを大事にしてるって知ってるし」

「僕も。主の刀で良かったよ」

「大将は義理堅いから、誤解されることもあるだろう」

燭台切と薬研がそれに続く。古株の三口にそう言われて反論できる刀などここにはいないだろうと思われた。

「…刀剣男士は主を慕うものです。それはそうです。
でもそうではなくて。
主さんを好きなことは前提として、本当に審神者さんは貴方たちを大切にしてくれていますか?!」

見習いは今にも泣きだしそうだった。そこに乱が恐る恐る、声を上げた。

「主さんは…良い主だよ。でも、ぼくたちへの関心が薄いのは、そうだと思う。
演練で、主と仲良くしてる他所のぼくを見て思ったんだ。…見習いで来ただけの、見習いさんでさえぼくたちとよく遊んでくれたのに、主さんはそうしない」

 その言葉が口火を切ったように短刀たちがもっとぼくたちと交流してほしかったと言う。乱は薬研に続く古参の刀であった。短刀は基本的にどれも初期のころにやってきたので本丸にいる歴も長い。どれも意見を口にするのは歴が長く、練度の高い刀ばかりだった。

「主よ。主が礼儀を重んじるのは分かっておるが、ではあとからきた刀はどうなる。そやつらのことも一度考えてみてはくれぬか」

 三日月が困った笑みでそういった。三日月は、本丸に来た順で言えば真ん中くらいだろうか。天下五剣はどこの本丸でも、何かと皆のまとめ役になることが多いらしい。
 後から来た刀を冷遇しているわけではない。きちんと順番に練度を上げていくし、歓迎会もする。慣れさせる意味で近侍を任せたりもする。歴が長い刀剣は刀剣で、貢献度や練度が違うから結果として待遇が変わるだけだ。それがいけないことなのだろうか。
 私は三日月の言葉に傷付いていた。短刀の、「もっと遊んで」には「仕事だった」で返せばいい。でも彼の言葉は私の根底にある本丸の在り方に疑問を呈するものだ。それにはどう対応すべきだろうか。

「比較的はじめからいる俺は、優遇されているほうだろう。だが、最近ここへ来た兄者は未だあまり出陣できていない。俺は、兄者とも戦場に行ってみたい」

 第一部隊の膝丸の言葉は、他にも来た順番による同じ刀派での格差を訴えさせた。全て改善しろとは言わない。後から来れば練度が低いのは当たり前だ。だが少し考えてくれないかと、そういった。
 どうして今更、と思った。今まではずっと私に話してこなかったではないか。それを見習いが尋ねれば答えるのか。どうして。
 私はこの本丸を会社のように運営してきた。政府の調査にも引っかかることなく、それなりに優秀な成績をおさめてきた。
 それをどうして、今更。
 この未だ審神者でもない小娘一人に覆されなくてはいけないのか。私が悪かったのか。
 だが会社と違って私が責任を取って辞任します、とは言えない。社長である私が辞任することはすなわち本丸の解体を意味するからだ。
 いつの間にか私は、私だけが責められているような心地になった。だが、私がこの本丸の在り方を変えられるかと聞かれれば、それは分からなかった。変えることができたとして、きっとそれはわたしにとっては良い本丸ではなくなっているだろう。

「…貴方たちの言い分は分かりました。ですが、この本丸の方針が変わることはないと思います」

全員が私に注視している。その言葉で刀剣たちは息をのんだ。

「ある刀派だけ優先したらまた反発が生まれますし、順番に行くとしても、そもそも刀派の人数や入手難易度も違いますから、その方針だと揉めることが増えるでしょう。だから、それはできません。それでも納得いきませんか」

 私なりに、この年功序列のような方針を大きく変えるつもりはないと伝えた。あたりを見回せば、皆黙っている。理解はするが納得しかねるということだろうか。これで納得がいかないなら、もうどうしようもないと思った。

「…ほかに何か言いたい方は?いなければお開きにします」

「まだ、みんな納得してませんよ」

「でも押し黙ったでしょう!それは私の意見に対する反論が浮かばなかったからでは?感情論だけで戦争をやっていけるほど甘い世界じゃありません。貴方も審神者になれば分かります。この戦いの過酷さが」

「もう、審神者です」

「まだ、でしょう。…では言い方を変えて、あなたも自分の本丸を持てば分かります」

 食い下がる見習いを宥めて、私は今すぐにでもその場を離れてしまいたかった。気を抜けば涙があふれてしまいそうだった。
 他に何も言う刀剣がいなかったので、「ではもう解散ということで。お時間とらせました」と退出しようとしたとき、初めに話してからずっと黙ってそばにいた燭台切が口を開いた。

「主、僕が言うのは違うだろうけど、皆もっと主と話したいんだよ。主は刀剣との時間をあまり持たないから。
僕たちはまだ近侍を任されて関わることが他の皆よりは多いけど、それすら限られてる。
主に不満があるわけじゃない。でもちょっとだけ考えてくれると嬉しいな」

 燭台切は長船のなかでも一番古株だ。長船は最近顕現した刀が多いうえ、彼には他にも縁のある刀が多い。彼も彼なりに、いろいろ考えていたのかもしれない。冷静に考えればそう思える。だが今は駄目だった。駄目押しのように本丸でいっとう大切に思っていた刀にも詰られた気持ちになって、ますます胸の詰まる思いだった。背中を向けていて良かった。このひどい顔を見られずに済んだだろう。

「………そう、分かりました」

 辛うじてそれだけ言葉にすると足早に本堂を出た。今すぐにでも眠ってしまいたかった。明日になれば解決することでもないだろうが、今日という日を終わりにしてしまいたかった。明日のことは、明日の自分が考える。



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