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悠くんが中学生になるとき__流石に卒業式で泣くことはなかったが__私はまた寂しくてたまらない気持ちだった。小学校までは変わらず私と遊んでくれていたけど、中学生になったらそうもいかない可能性があるからだ。むすくれていてもしょうがない。私はこれからも悠くんと遊ぶ約束を取り付けて、それで自分を納得させた。このことになると思春期になってきて、男女で仲が良いとなにかと囃し立てられてしまうから、私たちはこそこそ隠れるように遊んでいた。私の家に遊びに来てもらうことがほとんどで、私たちが仲が良いことは、知らない人は知らない程度のものになった。それは私が中学に上がってからもそうだ。学校内ですれ違っても特に挨拶は交わさなかった。トラブルを生み出しかねないからだ。悠くんもそれを分かっているのか、話しかけてくることはなかった。それでも水曜日は変わらず会っていたし、問題ないと思っていた。悠くんが背も伸びて、内面も変わっていって、急激に大人になっていく感覚がした。私だけ、置いて行かれるような、嫌な感覚が拭えなくて、それでも私は悠くんに何も言えずに過ごした。隣に置いてもらえるだけ良いと思っていた。その感覚が、外れるはずがなかったのに。

中学生になってある日、悠くんが私を訪ねてきた。いつもの水曜日ではない。習い事のある曜日だった。見るからに気落ちしている悠くんに私は驚いて、部屋にあげてしまった。親にも今日だけ休ませて、と言って。悠くんは何も言わない。何も言わないけれど、彼の中のひどい悲しみが伝わってきてしまう。何があったのか、聞きたくとも聞けなかった。遊びを提案することもなく、ただ、隣に並んで座っている。悠くんが何かアクションを起こすまでは、待とうと。私の部屋は、中学校に上がってからベッドがあたらしく運び込まれた。母と一緒に寝ていたのだが、自分の部屋で寝ることになったのだ。その小さなシングルベッドはもはやソファのような扱いを受けている。私は外で着た服でベッドに座ることに何の抵抗もなかった。悠くんは、おもむろに私を抱きしめた。泣いているのだと分かって、私も彼を抱きしめ返した。すっかり私より大きくなってしまった体格は、私に抱きしめられている様子には見えないだろう。その大きな背を撫でて、彼が落ち着くのを待った。どのくらい時間が経ったのか、ようやく悠くんが口を開く。
「最上さんが、亡くなった」
「……そう」
私は驚きつつも、悲しむことはできなかった。それほど関りがあったわけではない。たった一度、会ったことがあるだけだ。
「名前」
いつの間にか悠くんは私を名前で呼ぶようになっていた。かくいう私も、最近は「悠くん」と呼ぶことに抵抗を覚え始めている。
「…ボーダーに入ってくれない?」
悠くんがあんまり苦しそうに言うから、私はどう答えるべきなのか、迷ってしまった。これは、悠くんにとって苦渋の決断であることには違いない。悠くんだって、私と過ごす時間を楽しいと思ってくれていたはずなのだ。でなければ、ここまで交流は続いていないだろう。一方で悠くんがボーダーを好きであるというのは間違いがない。ボーダーに入っても、私は悠くんの特別なのだろうか。そもそも、現時点でもそうなのだろうか。悠くんの眼には、何が視えているのだろう。私がどう答えたら、悠くんは嬉しいのだろう。私は、私は。
「…良いよ。入ってほしいんでしょ?」
「……うん」
たっぷり間を開けて、悠くんは言った。瞳孔が揺れている。迷っている。私は、もう迷わなかった。
「良いよ。私が決めたことだから。まあ、入らせてもらえるか分かんないけどね」
最初に行ったときに生意気言ったから、と空気を軽くするために言ってみたが、悠くんは苦しそうにするばかりだった。
「ごめん」
「いいってば」
「ごめん……」
悠くんは謝り続ける。私はその大きな背中を丸める悠くんを今度は私から抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だからさ」
もう、涙は出ていないようだった。

ボーダーの人には歓迎された。以前に見た面子はいくらか欠けており、しかしそれを尋ねる気にはなれなかった。暗い雰囲気であったのは間違いなかったので、それを変えようとしてくれていることが分かったし、私もその期待に応えたかった。入ると決めたからには、一員として頑張るしかない。持ち前の器用さと集中力で、毎日行くことは全くかなわなかったが、名前はめきめき腕を上げていった。そんな名前を見て、迅は嬉しそうにしつつも、寂しそうでもあった。
「最近二人で遊んでないしさ、息抜きに今度出かけようよ」
初めて、悠くんに遠出を提案した。
「誰も知ってる人がいないところに行こうよ」
そうしたら、学校の人にからかわれることもないでしょ、という主張であったが、追加でボーダーの人もいないという理由もあった。悠くんが何やら追い詰められているのを感じていた。悠くんの果たす役割は大きい。ボーダーは戦争しているのだ。こちらに残っている我々は、戦争後の後処理用、もしくは再建、そして追加戦力、防衛など、様々な意味合いがある。私が浮かれてそんなことを言ったわけではないと、伝わっていると良い。
「そうだね」
悠くんが日付を指定してくれて、私は場所を指定した。海に行きたかった。私は海が好きだったし、広い海を見ると自分が小さな存在であることを感じて、何だか悪い気分ではなかった。海に入ることのできる時期ではなかったが、それでも良かった。
「ひろーい!」
綺麗、と言わなかったのは、名前はもっと綺麗な海を知っているからだ。沖縄にもハワイにだって連れて行ってもらったことがある。それに比べればお世辞にも綺麗とは言えない。プランクトンなどの栄養がたくさんあるんだろうな、という海だ。
テンションの高い名前と比べて、凪いでいるように見えた迅だったが、名前には迅がそれなりにテンションが上がっているのを分かっていた。
「ちょっと海入ろうよ」
「ええ、冷たくない?」
そう言いつつ、悠くんは私に倣って靴を脱いでくれた。
「つめたい!」
「だろうね…」
「でも楽しい。感触がきもちいし」
「…うん」
私は悠くんに水をかけるような真似はしなかった。ぎりぎりで衝動を抑えた。ふらふらと歩いているうちに疲れてきて、海から離れた砂浜に座り込んだ。砂浜は足を取られるから、思ったよりも歩行に向いていない。
「つかれたぁ」
「早いな」
「体力ないんだよなあ」
「でも前よりは良いんじゃない?」
「そうかも」
事実、ボーダーに入って多少鍛えられてから、自身の体力のなさは少しだけ改善されたようだった。水平線を見る。日は大分傾いている。残念ながら、水平線に沈む夕日は見られない。海が西に位置するようなところに行かなければならない。
後ろ手をついて、ぼうっとする。私は何も言わなかったけど、悠くんも何も言わなかった。冬の陽は短い。あっという間に辺りは暗くなってしまった。私たちは近くの水道で軽く足を洗い、持参したタオルでふき取ると、靴を履いた。もう歩ける気はしなかった。この辺りの海はよく見るような栄養溢れた海だし、特別なものは何もない。それでも私は、この海の景色を忘れないだろうと思った。

近いうちに、大規模な侵攻がある、と言った。自分たちでは全ての被害を防ぐことができないだろうとも。だが、自分の持つ力でいくつかの命を助けることはできる。正義感なんて大層なものは持っていないけれど、最善は尽くそうと思っていた。その日が訪れて、私は自分の考えが甘かったことを呪った。家屋は倒され、見るも無残な街。巻き込まれた人たちのうめき声、助けを求める声。あちこちに瓦礫と死体があり、目がすべる。人よりも多く「見えて」、分かってしまう私は、その衝撃に眩暈がしていた。だが、私が動揺するわけにはいかない。こうして立ち止まっている間にも命は失われていく。私は東三門の街を駆けた。侵攻が終わって、ニュースに取り上げられる。被害は一千人を超え、行方不明者も四百人にのぼると報道された。その数字には、名前の家族も含まれていた。
そこで唐突に、迅が名前に謝った理由が分かった。ああ、そういうことだったのか。
「迅」
名前は自身の年齢も相まってボーダーの人に影響されて、迅への呼び方を変えていた。
「名前。……ごめん」
「それは、何に対して?」
「おれは、名前の家族がこうなるのを、知っていたから」
「…だから?だから迅は、責められたいの?」
「……」
「…なんなの」
迅にとって、名前はその程度の存在なのか。迅は、神にでもなったつもりか。許さない。迅は、ただの人間だ。私にとって特別な。神になんて、ならせてなるものか。
「迅のせいなんて、言ってやらないからね」
「…うん」
私がボーダーに入らなかったらどうなっていたのかは、聞かなかった。迅にとって、私はもう、「秘密」を共有する相手では、とっくになくなっていたのだ。それに気付いたら途端に腹が立って、やるせなくて、迅にぶつけることもできなくて。
「なんなの…!もう!」
名前は泣き続けた。涙が枯れるくらい。これからしばらくは泣かないで済むように。





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