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しかし、発表を終えた今、心は軽くなっていた。この報告会の後、打ち上げがある。私の心はすっかりそちらに移ってしまった。美味しいご飯だと良いな、と思う。お酒は飲めないが、大人が浮足立っているのを見るのは嫌いではなかった。私も成人したら飲めるのだろうか。両親がお酒に弱かったから、遺伝的に難しいかもしれない。
「おつかれ」
「お疲れ様です」
私たちの研究部が一番最後のタームだったので、それが終わると同時に、皆が開放的な雰囲気になった。少し時間を空けて、打ち上げ会場に集合となっている。今日はボーダーの貸し切りだろう。その中で、冬島さんに声をかけられた。冬島さんは技術部の人だが、割と気にかけてもらっていると思う。
「良かったよ、発表」
「ありがとうございます。冬島さんのも面白かったです。工作兵ですよね」
「それをメインにやってるからな」
原理を解き明かす研究部と違い、花形ともいえる__これは数少ない研究部が卑屈になって呼んでいる可能性がある__開発部は、聞きごたえもあるし面白い。上層部もこれを聞きたくてこの会をやっているのではないだろうか。
「名字は打ち上げは行くのか?」
「はい。研究部の、直属の先輩に送ってもらいます」
「そうか。良かった。周りおっさんばっかだろうけど、ちゃんと会話してくれるから助かるよ。これからもたくさん仲良くしてくれ」
「はい。もちろん」
冬島さんは自分を「おっさん」と称するには随分若いと思うのだけれど、わざわざ「おにいさん」と言うほどでもないので、やめておいた。ひどいおべっかは逆効果だろう。十四の私からすれば、二十五は「おっさん」でも間違いではない。
打ち上げの席で、私は先輩の隣の席に座っていた。この先輩は数少ない研究部に所属する、ちょっと変わった先輩だ。上司、の方が正しい呼び方かもしれない。だが、研究以外の全ての常識を置き去ったような人であったので、上司という呼称があまりに似合わないのだ。だから私は、彼を「先輩」と呼んでいた。もちろん、他の技術者の人は普通に名字にさん付けで呼んでいる。
「レモンサワー飲むか?」
「先輩。私未成年です」
「大丈夫だ。俺は未成年飲酒によるトリオン体への影響が気になる」
「何がどう大丈夫なんですか?」
知的好奇心がありすぎるというのも考え物だ。そんな彼が追いやられた研究部は、それはまあ、ちょっとだけ爪弾きなのだ。納得できる。それでも私は、研究に興味がある。研究者に必要なのは恐らく、才能などではなく、狂気なのだ。優秀な奴はとっくに研究職ではなく、民間企業に行ってその才能を遺憾なく発揮し、昇進、さらには高収入に近付くのだろう。そうは生きられない人間だけが、研究の道を歩むのだ。先輩を見て、私はそう思う。彼だって、もっと良いポストや就職先があったはずなのだ。そして、彼はそれを選ばなかった。
「先輩って、なんでボーダーに入ったんですか」
「そりゃあ、知らないものがあったら知りたいだろ」
「そう、ですね」
「お前は?」
「…まあ、私も同じです」
「だろうな」
席の端っこでぽつぽつ会話しながら静かに食事をする。ボーダーが発足してまだ日は浅い。技術部全員が揃っても、大きな一間で収まるくらいだ。酒のにおいが充満している空間は、私にとってあまり良くない。呼気で酔わないように、たくさん食事を口に運んだ。食い意地を張っていると思われたのか、先輩が積極的によそってくれる。先輩は私がどこから来ているとか、私の事情とか、おそらくは何も把握していないので、ボーダー園の環境を訝しむことはないだろう。園の食事が少ないという事はない。私は偏食で、治そうと思っても治らなかっただけだ。食べられるときにたくさん食べるという、恐ろしく不健康な生活を送っていた。栄養バランスは終わっていることだろう。ボーダー内にできた食堂に救われている。職員はそこで昼食を提供してもらえるのだ。私も、というか、中学生である私がボーダー本部に出入りするにあたって、トリガーとは別に社員証が発行されている。これによって夕食や自販機の飲み物が得られるので、本当に重要なのだ。
「牛肉いらねえの」
「あんま好きじゃないんで…そっちの鶏肉ください」
「ほい。さっきも食ってなかったか?」
「美味しかったんで」
私は偏食だが、先輩も負けず劣らず偏食なので、私たちの前に置かれた皿は不自然な料理の減り方をしていた。その状態で隣の人に回す。本当に、傍迷惑な部署である。
「…名字、肉いらないのか?」
「大丈夫です」
隣の席に、いつの間にか冬島さんが座っていた。ぱっとあたりを見回すと、結構人が変わっている。本当は席替えをするものなのだろうと思った。自然とそうなっているだけかもしれないが。社交性の終わっている先輩と、最低限の社交性はあるものの、身体に障りがあるので席を立とうとしない私では、その場を離れることはしなかっただろうけれど。
食事をするときは生身ではなくてはいけない。トリオン体だと満腹感が得られないと説明された。面倒くさがってトリオン体のまま食事をとると太るぞ、という通達を受けた。私も一応うら若き乙女ではあるので、手遅れだろうが、最低限の美は保ちたい。これのせいで私は、普段の昼食も隠れるようにして食べている。時間もピークの時間から大分ずれた時間帯にしている。行儀悪く食べる姿を、あまり人に見られたくなかったのも理由の一つだ。
「鍋来たけど、なんかいるか?」
「いえ、大丈夫です」
代わりに取ってくれようとするのはありがたいが、生憎鍋は好きではなかった。冬島さんのご厚意を無下にしてしまって申し訳ない。にべもなく断られた冬島さんがほんの少し動揺したのを見て、やってしまった、と思った。
「すみません。鍋、あんまり好きじゃないんです。他の料理が来たら、またお願いしても良いですか」
「…ああ、もちろん」
冬島さんは、私がこの身体だから気を遣われたと感じて不快だと思ったのだろう。誤解させてしまった。私は別に、どう思われたって構わないのだ。無駄に気を遣ってもらうと疲れるが、確かに私は料理を一人で取りにくいので、代わりにやってもらう分にはありがたい。片腕で食べる私は行儀悪いだろうが、足を出すよりは良いだろう。この義手は、ただの飾りだし、義足で歩くのは、相変わらず痛い。先輩の車に乗せてもらうときほど、先輩を崇める瞬間はない。
「名字は…、ボーダーの技術班は、どうだ?」
「…楽しい、ですよ。というより、面白いです。特に、研究が」
「面白いか」
「はい」
「……」
「…冬島さんは、なんでボーダーに?」
「元々違うところでエンジニアをしてたんだが、まあ、引き抜きみたいなもんだな」
「そうなんですね。引き抜かれるくらいだから、冬島さん、そこでも優秀だったんですね」
「そうでもないけどなあ」
「そうですか?」
「うーん、ま、ありがたく受け取っとくか」
「そうしてください」
冬島さんはそれなりに飲んでいるようで、顔はほんのり赤かった。グラスが空くと同時に、またビールを注文している。これくらい飲まないと、飲み放題は元がとれないのだろうか。元をとろうとか、考えていないのかもしれない。ここはかなりボーダーご用達の店らしい。ある程度、贔屓にしている飲食店でないと、飲み放題をつけている会食に中学生が参加できることはないだろうから、良かった。
「最近、スコーピオンが開発されたじゃないですか」
「そうだなあ」
「今回の報告でも上がってましたけど、ああいうのを見ると少しだけ、ほんの少しだけ、開発部もいいなあと思ってしまいます。普段は研究部で良かったなあと思うんですけど」
「おい、名字。お前な」
「お?興味あるか?」
「多少は。でもやっぱり私は研究向きだと思います。実際に戦えるほどのトリオンないですし、『試してみる』ができないので。あまり戦闘員に親身になれないと思うんですよね。それに何より、私の興味関心が、研究に向いてると、自分では思います」
「名字は開発もできそうだけどなあ」
「まあ俺は研究室広くなったら、それはそれでいいけどな」
「先輩、相変わらず薄情ですね。まあこれで惜しまれても怖いですけど」
「…こいついつもこんな感じか?」
「割と」
「貴重な未来の戦力を潰してくれるなよ」
「俺ごときに潰されるならそれまでですよ、冬島さん」
「ただのコミュニケーションなんで、大丈夫です。本当に」
先輩は自分の才能を信じながらも、誰よりも自分の才能を疑っている。研究向きの人間だと自負しつつ、才能が優れているわけではないと思っているのだ。私たちはきっと、似た者同士。
冬島さんは微妙な顔をしつつ、私たちの間に流れる雰囲気が穏やかであったからか、それ以上先輩を咎めることはしなかった。冬島さんはそれからも私たちの隣で、時折気まずそうにしながら、それでも話題を振ってきた。飲まない先輩と違って、どんどんお酒を足していくから、すっかり赤くなっていた。鍋の締めのうどんを食べて、すっかり満足したようだった。私もうどんは少しだけ頂いた。冬島さんが、私が食べられるものだけよそってくれたのだ。先輩はうどんには手をつけていなかった。
会が解散となったとき、一部の人は二件目に行くようだった。当然先輩は行かないので、先輩の車に乗せてもらう私も帰ることになる。冬島さんが「他の人に声かけて名字送ってもらうか」と聞いてくれたが、ただでさえ中学生なので、あまり遅くまで出ているのは良くないだろう。丁寧に断りを入れておいた。
園の人には元々遅くなると話を通しておいた。携帯でもうすぐ着くと連絡すると、職員さんが玄関で待ってくれていた。なんだかんだここまで送ってくれる先輩は、最低限の良心を持ち合わせているのだろう。いや、行先を初めて告げた時、「おれん家と真逆かよ…」とぼやいていたので、やっぱり違うかもしれない。
ボーダー園はすっかり暗い。ほとんどの子は眠りについている。私は相部屋の子を起こさないように静かに部屋に入ると、寝間着に着替えて布団に寝転がった。少し気持ち悪いが、シャワーは朝一で浴びれば良い。明日は珍しく休みだ。何をしようか、と考えて間もなく、睡魔に襲われて眠りについた。疲れが出ていたのか、深い眠りだった。
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