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中学三年生、最高学年になった。
「始業式は行ったらどう」と言われたが、全然行く気になれなかった。クラス替えの紙だけもらったところ、相変わらず同じクラスに親しい人はいない。そもそも、名簿からいなくなっているのだから、当たり前だ。知っている名前はあるのに、私と親しかった人たちの名前はない。そのことがどうも受け入れがたくて、私はやっぱり学校には行けなかった。
私の研究テーマは少し変わって、トリオンの貯蔵について調べることになっていた。生体内で産生されるトリオンは基本的に貯めておくことができない。トリオン不足になってしまうと、きちんと栄養と休息をとらないと回復しないのだ。これは現代世界における電力問題に非常によく似ている。電力は生体反応に依らず発電できるため、大きな違いはそういうところだろうか。電気は電子が運動することによって生じるエネルギーである。トリオンが「貯められない」のも、トリオンは生体エネルギーであるからではないのか。それを貯めるためにはどんな方法があるか、を検討している。既に地球では活発に議論され、実用化されてきた「電気」を参考にして、トリオンでも同様のことが行えないか、実験している。これがなかなかに面白い。これまで半年間のトリオン自体への学びが活きていることを実感できる上、実際にこれが実現すればボーダーの役に立てるだろうというやりがいにもつながっている。このテーマは開発部とも合同研究という形でデータを共有しており、開発部はどうやらそれらのデータを使って遠征艇の開発および改良を行いたいようである。夏に行われる研究報告会までに、間に合えば良いのだが。
今年はいよいよ受験生なのだが、私は既にボーダー技術班として内定をもらっているため、その必要はない。受験も就活もしなくて良いなんて、なんて恵まれているのだろう。私はそれなりに幸せだと思う。大きな災害があったにも関わらず、なんとか生きているし、将来の道筋もある。固定給だって受け取っているから、来年からは園を出て、一人暮らしをするつもりだ。本部に近い場所にある、ボーダー提携のアパートに目星をつけている。鬼怒田さんに相談したところ、一部屋押さえてくれるとのことだった。女性寮も検討していると言っていたので、将来的にはそちらのほうに引っ越すことになるのかもしれない。現状はボーダーの男女比は圧倒的に男性の方向へ傾いている。男性が多いとしてもボーダー提携のアパートなので防犯面はそこまで心配していない。きっと大丈夫だろう。私は命を救われ、手厚く補償してくれたボーダーに対する信頼が無意識に厚くなっていた。
ある日、「近界に興味はないのか」と先輩に聞かれた。
「ないと言ったら嘘になりますけど、そこまであるわけでもないですね。トリオンで構成された星、と聞くと俄然興味は湧きますが」
「そうか。俺はある」
「知ってます」
「だから遠征に行けるなら行きたいんだよな。死んでもいいから」
「へえ」
口では適当に相槌を打ちつつも、私は同意は難しいと思った。死んでもいいから、知りたい、見てみたいと言えるほどの覚悟はなかった。知りたいけれど、それはあくまで地球にいるからだ。
「まあ旅行感覚で行けるなら行きたいですけど、そうじゃないですからね」
「戦争だもんな。平和ボケした日本に住む俺らじゃ、無理だな。実感湧かねえもん」
「そう、ですね」
「それでも行きたいんだよな。『知る』ことができたら、面白い」
「研究者ですね」
「だから行けねえんだろうな」
先輩もまた、私と同じく才能には恵まれなかった。その才能の名を「トリオン」と言う。我々の研究対象である。ちなみに先輩は運動神経も良くないらしいので、どのみち戦闘員は厳しかっただろう。本当に、研究者としての素質以外全てを、どこかに置き去りにしてしまったような人なのだ。
「…そうですね」
遠征に行けないことを、幸せなことだと思ってしまうのは、やはり私の覚悟が決まっていないからだろうか。ここまで恵まれておいて、戦争に参加している自覚も持てない私は、どこまでいっても子供だ。私が大人になったら、その覚悟を持てるようになるのだろうか。
まもなく、あの侵攻から一年が経とうとしていた。私の家族の法事は、ボーダーの支援を受けて簡単に済ませていた。「幸運にも」、私の家族は全員遺体が見つかったため、きちんと葬儀をして、墓をたてることができた。月命日には墓を訪ねて、掃除もした。残された親族はもう私しかいない。きっといつか毎月来ることも難しくなる時が来る。それまではせめて、きちんとしていたかった。家族を失った実感は湧かないが、墓を磨いているときだけは、彼らがもう何も言わない存在になってしまったのだと正しく認識することができたから。墓は三門から遠く、父方の元実家のそばにある。父方の祖父母はとうに亡くなっている。寿命だった。その隣に父と母と姉を一緒に入れてもらった。本当は母方のほうなど、きちんと確認すべきだったのかもしれないが、母方の祖父母も既に亡くなっているし、母方の実家は都道府県すら違う。三人一緒に眠っていてほしいという私の希望が通り、このような形になった。現在の献花は薔薇。母が好きだった花だ。はじめは真面目に菊を供えていたのだが、だんだんと飽きてきて、この方が母も喜ぶだろうと、好きな花を自由に供えることにした。きっと家族は「私らしい」と言って、怒らず笑ってくれるだろう。線香の匂いは嫌いではない。ただ、服に染み付いてとれなくなるのは厄介だ。周りの人に気付かれて、無駄に気を遣わせてしまうから。私が墓参りに欠かさず行くのは気分転換でもある。滅多に出かけないので、ここまで来るだけでも、良いおでかけだ。
親しい友人たちの墓は散り散りだった。家族ごと亡くなった子は、ボーダーの寄付によってたてられた墓に眠っている。親族が遺されていた子は、大人から私に連絡が来て、その子の実家に納骨されたと聞いた。行方不明の子は宙ぶらりんだ。亡くなっていると判別はつかないので墓はない。しかし、生きている保証などない。その子の私物は遺されたその子の母が持っていったと聞いた。三門の町からは出て行った。その子を三門で待てはしなかったのだろう。三門には、その子との思い出がつまっているだろうから。
友人たちの墓は流石に毎月行くことはできなかったので、この機会に行こうと思っていた。ボーダーに一応問い合わせると、すぐに回答が来た。侵攻で亡くなった方が集まっているこの墓地は、なんとなく、暗い雰囲気が漂う。一周忌になるのだから、訪れる人も増え、それだけ涙を流している人も増えているので、当然かもしれない。
私は久しぶりに献花用の菊を購入してバスに揺られた。花屋の店員に意外そうな顔をされたので、顔を覚えられているかもしれない。
その墓は私以外にも人が訪れたのだろう。既に花が供えられていた。そこに追加するように持参した菊を置く。ひしゃくと水も持ってこよう。既に十分綺麗だったが、やっておいて損はない。なんとなく、墓参りと掃除はセットで沁みついているので、やらないと据わりが悪い。こっちは問題なく終えられそうだった。
一方で、実家に納骨された子に会うためには、その子の母に連絡しなければならなかった。彼女から実家の様子を聞いたことがある。山の近くなのだと。その場所へは電車を三回も乗り継いで、そこからバスに乗らなくてはならなかった。バス停までその子の母が迎えに来てくれて、私を墓地まで乗せて行ってくれた。山道を登っていく道中、私は彼女との会話を思い返す。
「田んぼと山ばっかでなんもないんだよね」
「えー、でも良いじゃん。たまに行く分には。絵にかいたような田舎ってちょっと憧れる」
「うーん、まあ、そうだね。結構好きだよ、私も」
写真に写る景色は緑ばかりだ。
「しかも親戚の実家がお寺だからさあ、結構立派なんだよ。そのすぐ上にお墓があって、そこから眺める景色は最高。おじいちゃんとか、死んじゃったとき悲しかったけどさ、この景色眺められるなら良いかあ、とか思ってね」
彼女の伝聞でしかないその景色を見ることができることに、少しだけ期待した。彼女の言葉通り、車は立派な寺を通過して、直ぐ上の丘のようになっている墓地に到着した。彼女の母は、少し目が赤かった。私は今度も模範通りの菊を供えた。それから彼女の母に、彼女が好きだったお菓子を手渡す。
「すみません、これ、家の仏壇とかに置いといてもらえませんか」
「うん。分かった。ありがとうね、名前ちゃん」
「いえ」
彼女に大規模侵攻以来の私の姿を見せるのは初めてだった。私は彼女の葬式には行けなかったから。今の私を見たら、彼女は何と言うだろう。その答えは、知ることはできないけれど。きっと彼女が気に入っていたであろうこの景色を、私も心に刻んで行こう。
「…一度、この場所を聞いたことがあって。ここから見える景色が綺麗なんだって。本当に綺麗でした。想像以上に」
小高い丘から見下ろすと、緑に茂った山々と、未だ稲穂にはなっていない田んぼがずらりと並び、壮観だ。季節が変わると、また違った景色になるだろう。
「そう。…そうね、あの子が今も、そう思ってくれたら良いね」
彼女の母はまた少しだけ泣いて、言葉少なに私を元のバス停まで送ってくれた。一人で少ない本数のバスを待っていると、少しだけ雨が降ってきた。私は彼女が眠る山の方角を見た。山は天気が変わりやすい。三門の天気はきっと違っているだろう。
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