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世間はすっかり夏休みらしい。お盆の時期は流石に人が少ないが、特に出勤を咎められなかったので、研究部は今日もボーダー本部にいる。その日は珍しく来客があった。
「こんにちは」
「…はい。何か御用ですか」
青いサングラスを首にかけたその人は、先輩からの歓迎されていない態度を物ともせず、私の方に話しかけてきた。先輩は自分の邪魔をしに来たのではないと踏んだのか、一瞬で興味を失って、実験室へ向かった。本当に薄情な人だ。
「うん。スコーピオンについてちょっと聞きたいことがあって」
「開発部は隣ですし、私じゃあんまり役立たないと思いますけど」
「いやいや、大丈夫。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」
迅悠一。この組織にいれば恐らく知らない人はいない。攻撃手で優秀な成績を修めていて、スコーピオンの開発者のひとりでもある。もちろん開発は本業ではないのだろうが、一役買ったことに違いはない。スコーピオンなんて、私の研究にかすりもしていないように思うのだが、一体何を聞きに来たのか。サイドエフェクトだって、私の専門ではない。彼がどんなものを持っているのか、見当もついていなかった。
「何を聞きたいんですか?」
「助かるよ。これ、この前開発した弧月よりも軽めのブレードなんだけど、体のどこからでも生やせるのが特徴なんだ」
「はい」
それは半期前の報告会で飽きる程聞いたので知っていたが、余計なことは言うまいと黙っていた。
「どこまでの自由度があるか聞きたくて」
「…それは、迅さんが実際に試した方が早いんじゃないですか?」
「おっ、俺のこと知ってるんだ」
「はい。知らない人の方が珍しいと思います」
「いやあ、実力派エリートは引っ張りだこだからね」
「はあ……」
「もちろん自分でも試したんだけど、使ってる側は思いつかないけど理論上はできる、みたいな機能も聞いておきたくて」
「なるほど。でもそれこそ開発部の領域だと思いますよ」
「実はもう聞いてる。それで追加で研究チームにも聞いておこうかなと思って。開発の業務もやってるって聞いたから」
「…私ですか?」
「うん、そう」
確かに、常に手が空いていない開発部の一部業務を引き受けることはあるが、あくまで本業ではない。開発部の発想には到底及ばないと思うのだが、何故か目の前のこの男は、私がそれを見つけられると信じて疑っていない様子だった。私はそれが疑わしくて、どうしても訝しんでしまう。
「調べるだけ調べてみますけど…分かるか分かりませんよ」
「うん、良いよ。ありがとうね」
「一週間後とかで良いですか?」
「うん、助かる」
迅さんはそれだけ告げると颯爽とその場をあとにした。本当にそれだけだったらしい。先輩は絶対に引き受けないだろうな、と思う。私は先輩のいる実験室に向かった。武器用トリガーを起動するのは、随分久しぶりだ。
スコーピオンという武器の性質上、トリオン体の中を通すことも、そしてそれ以外の物質の中も通すことができるようだった。研究結果をまとめていると、そういえば一週間後の何時、どこに集まるかなど、全く指定していないことに気付いた。連絡先も知らない。技術班であれば業務用の連絡先があるけれど、戦闘員の連絡先は知らない。そもそも業務用の端末が与えられているかどうかも知らない。やらかしたな、と思うが、どうもできない。自分から迅さんを探しに行けばよいのだろうが、大した結果でもないのにわざわざ自分から伝えに行くのは憚られる。そんな悩みをよそに、ちょうど私が昼休憩から帰ってきたとき、迅さんが研究部を訪れた。先輩が入れ替わりで席を外したタイミングだった。あまりに間の良い登場だ。
「こんにちは」
「お疲れ様です」
「今時間ある?」
「はい。スコーピオンの件ですよね」
迅さんに椅子を促し、自分の端末から研究成果をまとめた資料を開く。
「スコーピオンはトリオン体だけでなく物体も貫けますね。あとは…両手にセットしてつなげれば、一応、もっとレンジを延長することも可能です。理論上は。もちろんその分耐久は落ちますけど」
「ふんふん」
「まあ開発部の人からも聞いているとは思いますけど」
「いや?初めて聞いた。ありがとうな」
「…いえ。仕事ですから」
あんなに研究部にやたら固執しているように見えたのに、迅さんは私の報告を聞くと、あっさり帰っていった。一体何だったんだ、と狐につままれた気分になっていた。先輩は本当に何も聞いてこなかった。あの人に気遣いを期待するだけ無駄だった。しかし、次の日から毎日とは言わないが、時折昼食に迅さんが居合わせるようになった。今まで見かけたことはないので、間違いなくわざとだと思う。生活リズムが変わって偶々、と言うには、あまりに遭遇率が高い。こちらはわざわざ閑散期を狙って毎日ばらばらな時間に食堂へ行っているのに。私の腕にも、食事中の行儀にも触れることなく、普通に会話して、普通に帰っていく。あまりに怪しくて、全く相談向きではない先輩に思わず相談してしまったくらいだ。
「迅さんって、どんな人だか知ってます?」
「はあ?知らね。未来が視えるくらいしか」
「未来?」
「あれ、知らねえのか。ああ、サイドエフェクトに興味ないもんなお前」
先輩は以前、サイドエフェクトの発現について研究していたことは聞いたことがある。私がこの研究室にくるよりも前のことらしい。
「迅って、未来視のサイドエフェクト持ってんだよ。サイドエフェクトって研究しても全然分からないってか、規則性がなくて、俺はそれ以上調べんのやめたけど」
「なるほど……それって機密とかじゃないんですか?」
「そうだったか?別に本人隠してないし、ボーダーの人間なら大丈夫だろ」
予想だにしなかったが、一方でなるほど、と納得する私もいた。
「じゃあ、私に何かしらの未来が視えてるんですかね」
「あー?」
「最近、よく昼食で会うんです。時間バラバラなのに。しかも話しかけてくるし」
「……そりゃお前、死ぬんか?」
「…やっぱそうなります?」
研究部なんて戦闘に全然関わらないし、戦場を大きく動かすことはないだろう。それなのに未来を見据える迅さんが「わざわざ」声をかけてくるということは。
「ま、だったら寧ろ話さなそうだな」
「…そうですか?」
「死を回避できるなら行動するだろうが、死ぬことが決まってるやつと話してどうすんだ」
「確かに。じゃあ私、迅さんに救われてる最中ってことですか」
「いや、知らね。本人に聞けよ」
「ですよねえ」
知っていた。先輩が親身になって聞いてくれないことなど。となれば、その助言を実行に移すしかない。私は再び迅さんが私の前に現れるのを待った。しかし、その日からぱったりと彼に会わなくなった。私は相変わらず彼の連絡先を知らないし、どこにいるかも知らない。誰かに聞いたり、戦闘員がいそうな場所に行くことも憚られて、結局その悩みはうやむやになった。会わなくなったという事は、私の危機は、私の与り知らぬ間に脱していたということだろうと楽観的に考えて、寝たら忘れた。私は基本的に都合の良い脳みそを持っている。
ボーダーでは昨今、射手と銃手が流行してきている。誰にでも扱えるものでもないが、射手では頭角を現している戦闘員が出てきている。そして銃トリガーは射手トリガーよりも扱いやすく射程も長いので、使用者が増えるのは当然の流れだろう。戦闘員での流行は、そのまま開発部での流行になる。使われるトリガーを開発したいというのは自然な欲求だ。私は開発部の流行から、戦闘での流行を知る。そして寺島さんが戦闘員から開発部に転向した話も、そこで聞いた。弾丸トリガーに腹が立ちすぎて、と少しふざけて言っていた。
ボーダーでは更に、チームを組むのが推奨され始めた。隊を組んで、その隊ごとに防衛任務もあたる。その方が連携も取りやすいだろう。トリガーの開発はますます盛んになった。色んなトリガーやオプションがメタを回すように開発されてゆく。寺島さんは、技術者に転向して直ぐ、レイガストという新たな武器を開発していたが、その自らが手掛けたレイガストが不人気であることに不満を溢していた。元々優秀な戦闘員だった故か、自分が使えることに注視しすぎだ、というのは素人目線の感想だろうか。もっと汎用性を高めないと、使用者の増加は望めないだろう。もちろん本人には伝えていない。そこまで親しい間柄ではないので。夏の報告会で聞いた限りでの、ただの感想だ。質問はしなかった。あまりに私の専門から遠いのだ。
私は前回の報告のときより、緊張せずに話ができたと思う。報告資料作成だって上達したし、質疑応答も詰まりにくくなった。先輩に鍛えられているからだろう。報告会前に、一度先輩に発表してみて、確認してもらっている。そのときに先輩は細かく聞いてくるし、矛盾点や議論が弱いところは確実につっこまれる。これのおかげで、本番は落ち着いてできるのだ。鋭い角度の指摘は、時折私に無力感を味わわせるが、悲観的になりすぎないことで、踏ん張っていた。人格否定ではない。分かってはいても苦しい瞬間もあるが、まだまだ未熟な自分を改善する機会だと、自分に言い聞かせることにしている。そして、あまりに詰められた日は直帰することにしていた。私はここで潰れるわけにはいかないのだ。
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