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その寂しさを抱えたまま、私は月曜日を迎える。冬は晴れが多いが、その日は曇り空であった。予報によると雨は降らないらしい。気怠い日ではあったが、自分を叱咤してなんとか本部に出勤することができた。私は、自分の研究テーマを変更しようと思っていた。
「先輩。ちょっと相談があるんですけど」
朝のタイミングに先輩に声をかける。
「トリオン検出じゃなくて、トリオンの発電、トリオン自体のエネルギーの変換について調べようかなと思っていて」
半期の間に研究テーマを変えようとするのは初めての試みだった。たった三か月ほどだ。トリオン検出について行き詰った期間は。それだけ短い期間でテーマを変えることは、今後、私が研究を続けるにあたって、本当は良くないことなのかもしれない。けれど、このままで研究を続けるには、もう私が持たなそうだった。
「…ふーん」
「これまでのトリオン検出のデータはあるので、初めはこのあたりから検討してみようかなと」
「……ま、良いんじゃね?うん。悪くなさそう。これで今期の研究報告するんだろ?」
「そのつもりです。これがうまくいかなくても、トリオン検知の結果と合わせて、上手くいかなかったとして、報告するつもりです」
「おー、りょーかい」
先輩は研究に対しては真摯だ。私が見当違いなことを言えばすぐに指摘するし、意義のない研究テーマには厳しい。私は今回のことで激しく批判されることも覚悟していたのだが、予想に反して好評だったようだ。
「別に悪くないから、思いつめんなよ」
「はい。ありがとうございます」
私はあの先輩にすら気を回されたと悟って、ありがたいやら、申し訳ないやら、色んな感情が胸の内を渦巻いた。だが、私にはこの感情を話す相手もいないのだ。ふう、と息を吐いて、自分のデスクにつく。新たな研究テーマに変更するため、新たな報告書を書かなければならない。その作業に取り掛かるため、パソコンに向き合った。

「お、久しぶり。隣良い?」
「…どうぞ。お久しぶりです」
その日の昼は、本当に久しぶりに迅さんに会った。迅さんは現在、玉狛支部に所属していると聞いたので、本部にいることが珍しい、と思う。私が知らないだけで、普通に本部にもたくさん用があって、普段からいるのかもしれないけれど。少なくともここで私に会うという事は、私に何かしらの用があるのだろう。
「何か、私に用ですか?」
「いや?久しぶりに見かけたから、声かけただけ。最近どう?」
穏やかな表情に見える迅さんの腰には、黒いトリガーがある。噂の黒トリガーだろう。S級になって、ランク戦に出なくなったのは本当らしい。ならば、ますます本部への用はないように思える。
「まあ、普通です。迅さんは本部に用ですか?」
「まあね。実力派エリートは忙しいから」
「へえ、大変ですね」
「…無感動過ぎない?」
はぐらかされたな、と思って適当に返事をしすぎた。流石に自分でもひどい相槌だという自覚があった。「まあいいけどさ」と軽く笑われた。
「あのときはスコーピオン見てもらってありがとう」
「いえ。大分前ですけどね」
「そうだね。俺はスコーピオン使わなくなっちゃったし」
「……」
「でもこれからもトリガーのオプションとか、新しいトリガーの開発は増えると思うんだよな」
「まあ、そうですよね。形態も変わりましたし」
「名前ちゃんも手掛けることになるんじゃない?」
「いやあ、私研究部ですからね。基本的には直接関わることはなさそうですけど」
「最近、研究はどうなの?」
「…あんまり、ですね」
「そうなの?」
「はい」
「何があんまり?」
珍しいな、と思った。私が思い出せる限り、迅さんが私の話を深掘りしてこようとするのは初めてだった。よく話しかけられていたあの頃、私たちはずっと当たり障りのない会話をしていた。
「うーん。結果が、ですかね。あんまり望んだ結果じゃなくて、詰まっちゃって、萎えた、みたいな」
「今までは順調そうだったもんね」
「そうですね。研究は忍耐というか、成果が出るまでに時間がかかるのは分かってるんですけど、なんか焦っちゃって。今まで以上に実験したし、前よりも実験上手くなったし、トリオンについても詳しくなってるはずなのに、前より結果が出ないから、かもしれません」
話しているうちに、そうかもしれないと思った。以前より確実に力が着いたと思っているのに、結果が伴わない。ということは、自分は自分が思っているよりも、力がついていなかったということなのかもしれない。そういう焦りだ。ただでさえ半人前の私は、一刻も早く自分の力をつける必要があった。その分かりやすい指標が、研究結果だ。しかし。
「研究って難しいです。たくさん練習すれば、実験すれば、成果がでるわけでもありませんし。ぶっちゃけ、運の要素も強いです。たまたまこのテーマやってたとか、たまたま上手くいった、みたいな。自分の力を正しく測れないから、ちょっと自信を失くしてるんです、たぶん」
「…そうだね。結果が奮わないのは仕方がないけど、名前ちゃんが自分で実験した結果は消えないよ。まあ焦ることはないさ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
私は顔を上げて迅さんを見た。迅さんもまた、私を見ている。彼にそう言われると、不思議とそうだろうな、と思う。それはサイドエフェクトではなく、彼自身の持つ雰囲気から。
「迅さんって、何のサイドエフェクトあるんでしたっけ」
「…あれ、言ってなかったか?おれは、未来が視えるんだ」
「迅さんからは、初めて聞きました」
「ああ、そういうことか。別に隠してないからね」
「…じゃあ、ひとつ聞きたいんですけど。前に迅さんが私によく話しかけてくれたとき、私って死にそうでした?」
「え?全然。え、なんでそう思ったの?」
意外です、というように迅さんは目を見開いた。そして直ぐに笑った。
「いや、急に会うようになったし、私お昼食べる時間帯ばらばらなのに、あの時期はいつも会ってましたもん」
「あー…、そうか。そうなるか」
あちゃー、と、わざとらしく額に手を当てて言う。
「別に、名前ちゃんの命が危ないとか、今のところそういう未来は視えてないよ。もちろん全部視れてるわけじゃないけどさ。話しかけてたのは単純に、おれの興味で」
「…そうなんですか?」
「うん。そうだよ」
「ふーん……」
「疑ってるねえ。本当だから」
「中学生なのに、技術班にいるから、ってことですか」
「うん。正確には同世代だから、かな。技術班って名前ちゃん以外、今んとこは大学生以上ばっかでしょ」
「そうですね」
「なのに同世代の戦闘員とかと交流してる未来が全然視えなかったから、まあ、お節介みたいなもんかな」
「迅さんが他の方を紹介してくださるんですか?」
「え?しないよ?」
「え」
「だからおれで慣れて、他の人とも話してくれるようにならないかなって」
「…未来視えてるんですよね?」
「うん」
「私、他の人と話してます?」
「まあ、そのうち」
笑みを絶やさない迅さんを完全に信じ切ることは難しいが、未来ではそうなっていると言われれば信じざるを得ない。それはいつ、誰と、どうやって、と聞こうとして、止めた。知らない方が良いこともある。きっと必要に駆られて話すようになるのだろう。それは悪いことではないような気がした。
「…分かりました。じゃあ、そのときを待ちます」
「うん。ちなみに自分から話しかけようみたいな気持ちはあるの?」
「いえ?」
「あ、そう…」
迅さんは微妙な顔をしていたが、「まあ、いっか」と私の未来を視て諦めたようだった。話が早い人である。

それからはまた、迅さんと昼食のタイミングで遭遇することが増えていった。以前のように毎回ではないが、週に一回あるかないかくらい。普段あまり人と雑談をしない私にとって、良い気分転換の時間となっていた。以前は「何か裏があるのではないか」と疑ってばかりで、あまり心地の良い時間ではなかったが、それを気にしなくなった今、素直にこの時間を楽しむことができている。以前までもきっと、迅さんは私のためを思って話しかけてくれていたのだろう。今だって決して自分に余裕があるとは思えないが、あの頃はきっと、今よりずっと思いつめていたのだ。
研究テーマを切り替えてから、研究は相変わらず思ったようには進まなかったが、私は焦っていなかった。きちんと、研究というものを割り切ることができ始めていた。そんな新しい年を迎えた矢先、先輩から衝撃の一言を聞いた。
「あ、言ってなかったけど、この研究部、なくなるから」
「え?」



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