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 こうして流されるように、彼とバイト先に行くことになってしまった。家に向かう途中にある店舗だから、遠回りではなくギリギリ寄り道なのが幸いかも知れない。二人で何処かに行くのは初めてだと思った。中学の頃は会うなら学校だったし、あったとしても帰り道を歩いてコンビニで買い食いするくらいだった。ただのファストフード店くらいでどうこうないだろうが、私はなんだか落ち着かなかった。今日のシフトは誰だったか頭で思い浮かべて、お世話になっている先輩がいると気付き気分は沈んだ。こんな柄の悪そうな男と一緒にされたくないと思った。まして、どんな関係かもよく分かっていないような男と二人で。
「いらっしゃいませ……って名前ちゃん?」
「…どうも。来ちゃいました」
私は苦笑いしながら答えた。
「シフト入りたくなっちゃった?」
「まさか。社割を使いに来たんです」
「なるほどね。…隣の彼は、彼氏?」
先輩はちょっと小声で聞きにくそうに言った。私たちの距離感は近くなく、だが兄妹にも見えない容姿で、かつ彼が威圧的な見た目と態度だからだろう。何故か彼はいつにも増して威圧的に見えた。不遜な態度をとっているわけではないが。
「だったら悪いかよ」
彼は平然と、何でもないことのように言った。
「、は?」
「…そうなの?名前ちゃん」
先輩は「お前に聞いたわけじゃねえよ」みたいな顔をしていた。この男に脅されるようにして付き合わされていると思ったのかもしれない。だが私はただただ混乱して、彼の方を見ていた。彼は「そうだろ?」と繰り返して私を引き寄せた。私は「ちょっと、!」と軽く彼を叩いたが彼はニヒルに笑うだけだった。
「…本当みたいだね、知らなかった」
いえ、私も知りませんでした。てっきり自然消滅で別れたと思ってました。元彼と呼べるかも怪しいレベルだとさっきまで考えてました。とは言えず、口を閉ざした。「……聞かれなかったので」と精一杯強がった。先輩は「えっと…じゃあご注文は?」と尋ねて来たので、それぞれ注文を口にした。彼は信じられない量を注文した。「本当に食べ切れる?」と何度も確認してしまった。「いける、つってんだろ」と一蹴された。最近よく来る、誠凛の推定バスケ部の赤髪の彼ぐらいだと思った。彼はテリヤキバーガーばかり頼んでいたな、と思い出していた。社割を適用できたけど、それでもマジバにしたら相当な額だ。お金は言っていた通り、彼が出してくれた。さっきも言っていたし、彼氏という建前上、顔を立てておこうと「本当に良いの?」「良いって」「…ありがとう」と軽いやり取りで済ませた。食べ切るのに一体どれだけ時間がかかるのだろうと思った。
 席に着くと互いにしばらくは無言で食べ進めた。私がセットのバーガーとポテトを粗方食べ終わったところで彼に話しかけた。彼はすごいスピードで食べていたが、それでもまだバーガーは積まれていた。
「…さっきの、何?」
「さっきって何だよ」
「……絶対先輩に誤解されたじゃん。働きにくいんだけど」
「はァ?間違ってねェだろ」
私は一瞬黙って、それから言い返した。
「もう、別れたと思ってたんだけど、私」
「あ?」
彼はさっきまでは何とも思っていない顔だった。私が会話を始めた時も、面倒そうな顔はしていたが、こんな顔はしていなかった。彼は鋭い目つきで私を見下ろしていた。ヒュッ、となって私は息を呑み、押し黙った。彼のことを怖いと思ったのは初めてだった。彼はなんだかんだ悪いやつではないと思っていた。今もそう思っているけれど、何だか今は怖かった。
「いつ別れたんだ、言ってみろよ」
彼は怒っているようだった。
「だって……もうずっと話してなかったし」
ちょっとだけ声が震えた。その慄いた私の表情からか、彼は努めて怒らないようにしながら私に言った。
「それは…まァ悪かったけどよ、俺とお前は別れてねー。それで良いだろ」
「良い、良いけど…」
私は一拍置いて、言葉を重ねた。
「好きじゃないのかと思った、私のこと。幼なじみが好きなら、そう言ってよ、普通に」
言ってしまえば、あとは簡単だった。
「あと、怖い。さっきマジで怖かったんだけど。何?これからもそんな態度取られるなら、無理。イヤだから」
彼の雰囲気が一転して元に戻った安心感からもういっそのこと全部言おうと、スルスル言葉が出て来た。
「あー、悪かったって。けど元はと言えば、お前が訳分かんねぇこと言うからだろーが」
「…言ってない」
「言っただろ」
「言ってない!アンタが幼なじみと付き合ってるような距離感なのに、私と付き合い続けてると思う方がおかしいだろ」
「それ、さっきからなんなんだよ?さつきか?」
私は心底分からなそうな青峰に対して特大な溜息をついた。
「ハァ…お前の幼なじみが他にいるの?」
「いねぇな。…さつきと付き合ってる?ふざけたこと抜かすなよ」
「ふざけてないけど」
「あいつ、好きなやついるけど」
「黒子でしょ?知ってるけど」
「じゃあ俺と付き合う訳ねぇだろ」
「分からないじゃん。振り向いてくれないからとか、お前に好かれて同情からとか、元々はお前が好きだったとか、いくらでも理由はある」
ハァ…、と今度は青峰が大きく溜息を吐く。
「どうしたらそんな考えになんだよ?」
「…普通に生きてたら。じゃなきゃわざわざアンタと同じ学校選ばないでしょ」
「そんなん知るかよ。あいつが勝手にしたことだ」
そう言われてはもうどうしようもない。ならば私が言うべきはコイツにではなく、彼女に対してだ。言葉を返さなくなった私をどう思ったか、彼は言葉を重ねた。
「あいつは腐れ縁で、それ以上でも以下でもねえよ」
心配するなと言外に言っているようだった。それでも私は不服で、納得がいかなくて黙り続けた。彼はその様子をじっと見て、「あのなぁ」と話し始める。
「俺はどうでも良い奴にわざわざ時間使わねーからな」
「うん…」
それは、そうだろうなと思った。煮え切らない返事をする。
「…信じられねーか?」
「…………ちょっとだけ」
たっぷり間をあけて答える。
「だって、中学の頃からずっとそうでしょ。噂が広まらないようにこっそり付き合ってたのもあるけど、それにしたってアンタと彼女の距離感おかしかったもん。その頃から『あー私とはとりあえずの暇つぶしにでも付き合ったんだな』って思ってたよ」
「違えよ。…つーか俺から言っただろうが」
「うん、まあ、そうだけど。その前からなんか…良い感じだったじゃん?だから雰囲気で付き合ってみよーってなったのかと」
「お前…何でそーなるんだ……」
彼は項垂れていた。中学の頃、彼に元気がなくなって、何となく話さなくなってから、私はずっと悩んでいた。どうやって話せば良いだろうと。結局勇気が出ずにここまで引きずってしまった。それは彼も同じだったのかもしれない。ここまで話を聞いていたら、そう思った。
「…私がどんどん自信無くした原因、アンタだから。確かに勝手に別れたことにしたのは悪かったけど、お互い様だから」
「分かってる。さつきのことは何でもねえ、って分かってると思ってたんだ。言い訳にもならねーが」
私はその言葉を聞いて、ちょっと居心地が悪く、相手の顔を見れなかった。何となく、ジュースを啜っておく。
「不安なら周りに言えば良いだろ」
「えー……」
それはちょっとな、と思った。私の友達からしたら寝耳に水だろうし、変に噂になるのは避けたかった。
「それはちょっと面倒だから止めよ。でも幼なじみには言っておいてよ」
これは私のくだらないプライドだった。
「あ?あー、なら明日も放課後来いよ、屋上」
「…なんで?」
「直接言えば良い」
それは心構えができてないからやめにして欲しい、と言う感情と、彼女には私が青峰の彼女だと正しく認識して欲しい、と言う感情が混ざり合って私はまた黙った。
「…うん」
その肯定を受けて、彼は再びバーガーに手を伸ばし始めた。彼は宣言通り、綺麗にそれらを食べ切っていた。


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