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 次の日も、それからその次の日も、私はバイトだった。とにかく自由に使えるお金が欲しくて、シフトを多めに入れているのだ。休日よりも平日に働きたいと言うこともあり、今週は週に4回も入っていた。それはつまり、屋上に向かえるのも週1回であるということで。彼に会えるのもまた、週1回なのだ。来月からはもう少し減らして、土日に入ろうと決めた。友達とも遊ぶ時間がなくなってしまうから。今日は金曜だから、彼に会うのは来週か、と思っていると、HRのあと、彼が教室にやってきた。クラスを教えた覚えはないが、探したのかもしれない。
「どうした?」
「昨日何で来なかった?」
「昨日?バイトあったし」
「今日は?」
「バイト」
「……」
「…一昨日の試合どうだった?」
「あ?勝ったに決まってんだろ」
「そう、おめでとう」
「…………」
「……何?」
彼は図体が大きいから、教室にいるだけで視線を集めた。
「いつ終わる」
「一応22時まで、早く上がるかもだけど」
「は?遅くね?」
「金曜だけ遅めまでやってる」
「……終わったら待ってろ、迎え行く」
「え」
そんなことをしたら、ますます私はバイト先に居づらくなるんだが、と思った。
「良いよ、遅いし」
「うるせェ、俺が決めたんだから良いだろ」
これはもう何を言っても無理そうだな、と早々に諦めた。
「……どこで時間潰すの?」
「あー?まァ適当に」
店には来るなよ、と思ったが、そもそもそんな長い時間、店内に居座るのも辛そうだ。
「終わったら連絡寄越せよ」
「…はーい」
渋々了承すれば満足したのか去っていった。制服だったので、多分、部活には行かないんだろうなと思った。当然だが、彼が去った後、友達に詰められた。「どうゆうこと?!」「青峰くんと知り合いだったの?」
「…うん、中学おんなじだった」
「付き合ってるの?」
「うーん。まあ、うん」
ここで否定するのも違うな、と思った。彼はもう、隠しておく必要性を感じていないようだったから。
「えーー?!」
「知らなかった…」
「何で言ってくれなかったの!」
「あー…タイミング逃してて」
友達が騒ぎ始めて面倒になりそうな予感がしたので、バイトを言い訳にその場を後にした。今日が金曜日で良かった。土日のうちにこの話題は薄れるだろう。
 バイト先では、昨日散々いじって飽きがきたのか、必要以上に突っ込まれることはなかった。先輩も今日はいたけれど、思ったよりもいつも通り接することができた。いつもよりも長い労働時間に嫌気がさすものの、彼が来てくれるということだけで、少しだけ頑張れる気がした。黒子は来ないと良いなと思った。21時を過ぎた頃、青峰がやってきた。一昨日に私と彼を見た人たちは、あ、という顔をした。
「…早くない?」
「ついでに食ってこうと思っただけだ」
彼の注文を受けてキッチンに回すと、周りが騒ぎたそうにする。だが彼の視線が鋭いからか、言われることはなかった。彼は結局そのまま私の終わりまで待って、私が上がるのと同時に店を出た。
「お疲れ様です。お先失礼します」
「お疲れ様!」
「お疲れ〜。彼氏と仲良くね」
彼は誘ってきた割に口数が多くなかった。その沈黙は苦ではなかったので私も特に話さなかった。
「いつも基本的に水曜はバイト入れてないから」
「おー」
もう少し、彼のことを知っても良いかもしれない。同時に、もう少し、私のことを教えても良いかもしれないと思った。そう思ったら言葉がするする出てきて、後半はよく喋っていた。主に私が。

 それからも金曜の遅い時間は彼が店に寄ってくれて、家まで送ってくれた。水曜のバイトがないときには彼と一緒に過ごした。屋上にいることが多かったけれど、梅雨に入り、夏になれば雨も増えてきて、別の場所へ行くことも増えた。商業施設とか、映画とか、ショッピングとか、普通のことを。こんなことをしてて良いのかな、と思ったけれど、別に毎日一緒なわけではないし、そもそも練習に行かない選択をしているのは彼だ。それに一緒にいる時は楽しそうにしている(と私は思う)から、部活に行けとも言い難かった。まぁそもそも私が言ったって、彼は部活には行かないと思う。バスケは好きなのだろうけど、私は彼がバスケをしているところをほとんど見たことがなかった。すごい選手だということだけ、聞いている。だから私に何を言われても無駄なんだ。
「…私に言われても。私が言っても、どうにもならないよ」
「そんなことないよ!お願い、言ってみるだけ、お願いできない?」
インターハイという、大きな大会で桐皇バスケ部は準優勝したと聞いた。彼からではない。学校で表彰されたからだ。そもそもいつ試合に行っていたのかも知らなかった。彼は前より随分気が立っているようだった。私といるときはもちろんそこまで荒ぶっていないが、それは分かる。冬にはウィンターカップという、また大きな大会があるらしい。私はそれを聞いて、何となく、試合を見に行ってみたいな、と思った。まだ先の話ではあるが。彼は相変わらず練習には行っていないと聞いた。そして、彼女は私にお願いをしてきたのだ。
「本当に、無理だと思う」
私は、彼が良いなら、なんてことを言ったが、実際は、私が嫌なのだ。彼に部活に行くよう言って、それで仲が拗れたくはなかった。それに、週一回に会うことができなくなれば、私はやっぱり寂しいだろう。その気持ちを察してか、彼女は私に彼のバスケ人生について語り始めた。中学時代はもっと楽しそうにバスケをしていたことを。私はそれを聞いても「ふーん」としか思えなかった。彼が私に何も言わないんだから、私が口を出すべきではないのだろうと信じていた。「考えてみるね」と口では言ったが、恐らく私は言わないだろう。彼女もそれを分かったのか、少し気落ちした様子で去っていった。
 バイト先ですっかり常連となった黒子と火神とは、よく話すようになっていた。ちょうど上がる前くらいの時間に来るので、そのまま席を共にして食べながら話した。彼らから、私の知らない青峰の話が聞けるからということもある。全く良い話ではなかったが、元々彼が善人だとも思っていなかったので、別に問題なかった。火神は私が青峰と付き合っていると聞くと信じられないものを見る目をしていた。桃井さんのことも知っていたから、「フクザツすぎる…」とも抜かしていた。そのときは腹が立ったので軽く蹴飛ばした。青峰にはわざわざ言わないだろうと放置していたら、いつだったか、誠凛と桐皇の合宿場所?が一緒だったとかで会ったときに火神がうっかり口をこぼしたらしく、あとで詰められた。バイト先に毎日来る勢いだったので説き伏せるのが大変だった。あいつと話すな、と言われたような気もするが、まぁ客なので当然無理だ。彼らから、ウィンターカップの初戦で誠凛と桐皇が当たると聞いた。私はそれを聞いてより試合が見たいと思った。
「見に行きたい、それ。いつやるの?」
彼らは親切に教えてくれた。青峰に言ったほうが良いかな、と思う反面、彼らから聞いたと知れば面倒そうだ。私は彼には黙っておくことにした。
「ウィンターカップ、近くなってるけど。練習行かないの?」
「しなくても勝てるからな」
なんともまあ、傲慢な奴だ。でもその自信に溢れた姿は嫌いじゃない。だが彼は何だかいつも自信がありそうで、実のところ不安を抱えていそうだった。それが何に対する不安かは分からない。だが見かけよりも随分繊細な男だと、この頃にはもう知っていた。試合の勝敗がどうなれど、誰の思い通りになろうと、彼が悪い方向に転ばないと良いな、と思った。


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