歪曲


 それから俺は仕事はしつつ、彼女の家へ通っていた。この頃からこれは夢でも走馬灯でもないことを認めていた。過去に戻ったか、二回目の人生かは分からない。元妻が死ぬ前に戻って来れたなら妻を救うなり、いっそ元妻と出会う前に俺たちが恋人の真似事をしていた頃に戻っていたなら二人でやり直すなり、やりたいことはあったが、彼女と別れ元妻が死んだあとにやりたいことなどない。別に未練らしい未練などなかったがどうせならやりたいことをやっておこうと思っていた。彼女との中を修復することだ。未練はないと言ったが、これが未練になっていたのかもしれない。彼女は死んでしまったわけではなかったから。恵は孔に任せていたが、流石に手に負えなくなって来て、前回と同じ連れ子のいる女と出会い、彼女に世話を任せた。籍を入れなければ消えてしまいそうだったので、結局今回も籍を入れることになっていた。彼女に恵の話はできなかった。彼女がそれをきっかけにして自分を拒否したら、と考えずにはいられなかったからだ。彼女は繰り返し「子供は好きじゃない」と言った。息子は産みたくて産んだから、そして息子は人として好きだが、別に子供が好きなわけでは微塵もないと。彼女との関係は既に男女の関係に戻っていたが、彼女がこう言い張るので結婚するとか子供を作る話にはならなかった。彼女は俺がどこに行こうと止めても無駄だと思っている節があり、書類上の妻と子供たちが暮らす家に行くときがあっても何も疑ってこなかった。いや、浮気だと確信した上で詮索しなかっただけかも知れない。彼女は何も聞かなかった。俺は次第に妻の元へ帰る頻度が圧倒的に減っていった。女は不満そうだったが、どうでも良かった。そこにいる子供も、もうどうでも良かった。彼女が自分の手の届くところにいることが何より重要なことになっていたから。
ある日、彼女が妊娠した。もちろん避妊はしていた。彼女は驚いて、戸惑って、しかし堕ろしたいとは一度も言わなかった。「ツイてないね、」と茶化した。
「産むの止めないの」
「止めるわけないだろ。俺の子だ」
「そう。…でも私が産むんだから、私の子でしょ」
「俺たちの、だ」
幸せだった。同時に彼女が失われないか気が気でなかった。いくら彼女が前回の出産を無事乗り切っているとしても、不安は拭えない。無事に出産が終わったときの、肩の荷の降り方はとてつもなかった。赤子は娘だった。赤子を抱き、息子が彼女の体にもたれかかって寝落ちしている。彼女は唐突に俺の目を見て「愛してる」と言った。今すぐ彼女をベッドに連れて行きたかった。俺がどんなに彼女を愛しているか知らないからそんなことが言えるのだと。本当に愛してくれているなら何度だってその口から聞きたかった。娘と息子を寝かしつけ、二人の時間を作ってもすぐに娘は泣き出す。俺たち二人は子供達を預けた昼に、二人の時間を取ることが増えていった。彼女は仕事を休んでいたから。俺は比較的危険度が少なく、ある程度の稼ぎのある仕事を選ぶようになっていた。そのお金でなんとか暮らしていた。裕福ではない。しかしこの上なく幸せな生活だったろう。あまりにがっつき過ぎたのか、娘の生まれた1年後に避妊していたにも関わらず再び妊娠したときは彼女は溜息をついて嘆いていた。俺は勿体無いことをしたと思った。どうせ妊娠するならもっと生でしておいたのに、と。彼女が意識を失ったあとバレないだろうと生でしたせいだと分かっていたが、このことは一生墓場まで持って行くつもりだ。長男のときも長女のときも、きっとそれが原因だろうと分かっていた。彼女はもうお金に余裕もないし、仕事も復帰しなければいけないのに、と。俺は彼女が仕事を辞めれば良いと思っていたので、丁度良かったと思っていた。俺に定職につけ、と、それができないなら自分の仕事を辞められないとのことだったので高専勤めとなった。その身分を確認する際に、妻のもとにいた息子と、義理の娘についても聞かされた。再婚した女は帰ってこない俺に痺れを切らして出て行ったと。二人の子供は俺が引き取らなければならないと分かっていたが、彼女の元に連れて行くわけにはいかなかった。だから息子を禪院家に売り飛ばす算段を立てた。前と同じだ。それを止めたのは何の因果か五条の坊だった。俺はこの二人の前で父親面したくなかった。だが顔は見せるべきだと高専の人たちに説得され月に一度は二人の暮らすところへ帰っていた。俺は高専に勤めなければいけなかったので、都内に引っ越す必要があった。彼女も仕事をやめたので引っ越すには最適だった。娘と息子は友達と離れるから嫌だというかと思ったが、意外にも何も文句を言わなかった。文句を言えば置いていかれると思ったのかも知れない。そのくらい俺は彼女を一番にしていた。知らない土地だったが彼女は前のアパートと似たような一室を望んだ。俺は不服だった。彼女をなんとか説き伏せて都内の郊外の一軒家を買ってそこに住んだ。子供と、俺たちを分けたかった。それはつまり、子供から彼女を引き剥がすことだった。俺の彼女への愛はいつしか歪んでいた。彼女は知らない土地に住み、仕事もせず子供と向き合っていたから、知り合いがいなかった。その中でどれだけ子供の存在に救われただろう。その子供たちが次第に許せなくなっていった。自分の子であることはもう関係がなかった。彼女との時間を奪い、彼女からの愛情を奪った。何もせずともそこにいるだけで。俺は彼女を半ば閉じ込めるようにして生活していた。買い物には一人で行くなと口を酸っぱくして言った。子供が幼いということもあるが、危険だからと。彼女は子供に短いながらも会えたからか、はじめは納得してくれていたが度が過ぎてくると可笑しいと反論してきた。それを全てねじ伏せ、家を改造して外から鍵をかけられるような部屋をつくって、そこに軟禁状態になった。彼女はよく泣くようになっていった。子供とも会えなくなることが増えたから余計に。だが、子供に会いたい、と口にすることは俺の癪に触り、ますます子供には会えなくなった。子供に会えなくなると、いよいよ俺に縋るしかなくなっていき、不安そうにしていることが増えた。彼女は幸せでないとわかっていても、やめられなかった。彼女が俺だけを見て、俺の名前を呼ぶ時間が堪らなく好きだった。

 息子が高専に寮から通うようになって漸く、彼女は完全に軟禁から解放された。実に6年続いた、ほとんど世間どころか、子供からも隔離された状態が終わりを告げたのだ。彼女は特に息子と二人きりの時間があったせいか、気にかけているようだったから、俺は息子が一番気に入らなかったのだった。俺は引っ込みがつかなくなっていたこの状況を、これを機に改善したかったのだ。いくら彼女の関心を何もせずとも掻っ攫うことが気に食わないと言っても、彼女の幸せを奪いたいわけではなかったからだ。彼女は娘二人に久々に会うと泣いていた。ごめんね、と口にしていた。彼女は俺に対しても泣いて喜んで感謝した。俺以外の存在で泣いているのは腹が立つことだったが、悪くない気分だった。彼女が最終的に自分に泣きついたからだろうか。だが、もう彼女は俺から離れないだろうとようやく安心できた。

***

 父は目に見えて可笑しくなっていった。俺に原因の一端があることは分かっていたから、何も言えなかった。だがそれも俺がこの家を出れば解決すると、この家は元に戻ると思い込んでしまっていた。実際、俺が家を出てから母と連絡はきちんと取れているし、定期的に会ってもいる。実家にごく稀に顔を出したり、近くで待ち合わせて買い物に行ったりしていたのだ。その母が元気そうだから大丈夫だろうと。
「兄さん!」
長女が突然高専に押しかけてきた。
「お願い兄さん、戻ってきて。母さんがいなくなったんだ」

 母は父に傾倒していなかった。だが長い軟禁生活を経て、父がそう仕向けたのだろうが、父に依存するようになっていた。そうすると父に近づく女、つまり自分の娘でさえも、父を奪おうとする悍ましい敵だと思えることがあったのだと。上の子はまだ良かった。彼女は母に育てられた恩義も母が変貌する前の愛も感じていたから、母が好きだった。母は自分のことを好きな相手には疑心をそれほど抱かなかった。問題は下の子だ。物心ついた頃にはほとんど母は会えず、父に見てもらっていたから父にべったりであるし_とは言っても父も大概私たちと関わっていなかったが_何より一番母に似た子であったから、父も一層_これもまあ微々たるものだが_子供達の中では丁重に可愛がっていたと思う。その幼い娘は「将来はパパと結婚する」を平気でやってのけたし、突如不定期に現れて父の関心を一身に攫っていく母を、父を奪う人だと牽制したりしたのだと言う。母も大人であるし子供の癇癪だと初めは流していたが、それが娘も大きくなって10を過ぎても、中学生になっても行われるそれらに耐えきれなくなっていた。軟禁が解かれてからは母がずっと面倒を見ていたろうに母に対する敬意を、母が感じられなかったのだろう。ただ、彼女から感じられたのは自分に対する敵意だけ。しかし自分の娘である以上、それを父や自分に言うわけにもいかなかったのだろう。
 父が育てたと言ったが、母が子供たちと会っていない間は、ほとんどお手伝いさんのような人が面倒を見てくれていた。父は、母が部屋を出るようになってからは、ますます母に注意を払って子供は存在していないかのようだった。その無関心さに下の子は気付けなかったはずがない。自分をよく見てくれなかった父が、母のことはよく見ているから、という嫉妬もあったのだと。女の子は小さくても女、というのもあるが、そもそも父親を取られた娘とはこんなものなのかもしれない。俺と上の姉が可笑しいのかも知れなかった。だが俺たちからすれば父が母を異常なまでに想っていて優先していることなど我が家の常識であったので、もう今更何とも思わないのだ。はじめから父は、母がいるから自分達と接してくれていた存在だと俺たちは正しく認識していた。物心ついた頃には、既にそうだった。

 母が家出したって、父は簡単に見つけられるだろうと始めは楽観的だった。しかし、母は父に、勝手に探し出して連れ戻したら離婚すると言い出したのだと言う。戻りたくなったら戻るから、一人にしてくれと。父は当然荒れ、家に帰らなくなった。母は父に迎えに来るなと言っただけで子供が母を探す分には良いだろうと、長女は俺にも手伝って欲しいと言った。下の子はどうしているかと聞くと、事情を知った父が激昂し、それからぐっとそれを堪えると失望したように出て行ってそれきりだと言った。それきり気力を失ったように過ごしていると。下の子も絶望しているが、そのメンタルケアまではできないと言った。なかなかに冷たい姉だが、姉としても世話になっている母を憎み続ける妹に辟易していたのだろう。俺も妹を平等に可愛がりたい気持ちはあったし実際はそうしていたが、末っ子の母嫌いには目が余ることがあった。ひとつ違いの長女が年の割に大人びていたこともあって、余計に分別のついてないように見えた。だが、妹は五条先生が一旦様子を見に行ってくれると言った。そして何と、恵くんが母を探すのを手伝ってくれると、そう言った。俺たちは彼から恨まれても仕方ない身の上であるのに。素直に助かるし嬉しいことだが一つ懸念すべきは、母が彼の存在を知らないことだった。父がひた隠しにしていたからだ。俺が恵のことを前世抜きできちんと知ったのは高専入学直前であるし、そもそも俺は妹は知らないと思っていた。いつの間に知ったのだろうか。長女も来年から高専に行くから父が伝えておいたのだろうか。





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