白石と秋のテニスコート
◇高校3年生。
テニスコートに寝転がって、ぼーっと高い空を眺める。
風が少し冷たい。背中や頭、ももの裏が当たる地面も冷たい。
少し前までは太陽ぎんぎら風は生ぬる汗はだらだらだったのに。
「なまえ、風邪ひくで」
かけられた声は頗る聞き覚えのある声。つい先日までコートに響き渡っていた声の一つ。
「…白石もね」
「俺は大丈夫や」
ばさっとかけられた学ランから、優しい白石の匂いがする。わたしのすぐ隣に座った白石は、わたしの顔をちらっと見て、わたしと同じように空を仰いだ。
「だいぶ寒くなったよね」
「せやな」
「白石は何処行くんだっけ、大学」
「俺は大阪大や」
「謙也は?」
「京都の府立医大」
「千歳は?」
「実家継ぐらしいで」
銀さんは。小春ちゃんは。
ぽんぽん質問するわたしに、白石はぽんぽん答えてくれる。まさか3年生全員の進路を把握しているとは思わなかった。マジか。
「みんなバラッバラだね」
「せやな」
本当に、みんなバラバラだ。中学や高校とはまるで違う。本当に散り散りだ。
大阪にいる人もいれば、他の県に行っちゃう人もいるくらい。
「どうする?次に会った時、わたしがお嫁さんになってたら」
「…フツーにショックや」
「それまで白石くんはわたしのこと好きでいてくれるってことかな?」
「当たり前やろ」
少し冗談めかして言ってみたけど、案外真面目な声が返ってきてびっくりした。
「…まあ、俺が大学卒業するまでになまえが本気で好きんなったヤツがおるんやったら…、」
「諦める?」
「…勝負する」
「あっはは!諦め悪っ!」
「しゃーないやろ!簡単に諦められるかい!」
けたけた笑うわたしの声がコートに響く。
いつもはもっとたくさんの声が被さって、わたしの声なんかすぐかき消されるのに。コートってこんなに広かったんだなぁと思った。
「…なんかさあ、」
卒業、したくないな。
「…、」
ぽつりと溢れた本音は、打って変わってしん、と静まりかえったコートのどっかに吸い込まれた。
白石は静かに立ち上がり、ズボンについた少しの砂埃を払う。
白石がはたいた砂埃を被らないようにわたしも起き上がり、一緒になって砂埃を払う。
「なあ、なまえ」
「なーに?」
「卒業したないんは、多分みんなおんなじなんやと思う」
「…うん」
自然消滅したと思っていたわたしの呟きは、どうやら白石がしっかりと受け取ってくれていたらしい。
「また、みんなで集まってさ。遊んだりバカやったり…一緒に笑えるよね」
借りていた学ランを差し出す。
白石は学ランを握るわたしの手ごと包んで、「当たり前や」と笑ってくれた。
これからもっと寒くなって雪が降って。雪が溶けたら春になって。
そしたらわたしたちはバラバラになる。
それでも、みんなと過ごした日々がバラバラに無くなるわけじゃないことを知っている。
振り返ったテニスコートは随分と早くなった夕暮れに照らされて、なんだか暖かく見えた。
End
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