白石くんの目標


◇大学生。


この度、同じ大学で同じサークルの白石くんとお付き合いさせて頂くことになりました。

「みょうじさん…緊張しとる?」

「へっ!?あ、ううん!だ、大丈夫!」

講義もバイトも休みな土曜日、お付き合いして初めてのデート。

緊張してないなんてまったくの嘘。本当は緊張し過ぎて心臓がバカみたいに早く動き続けている。

そういえば、人間の…もしかしたら動物全般に言えることかもしれないけれど、心臓が一生のうちに脈打つ回数はだいたい決まっているという話を聞いたことがある。

それが本当なのだとしたら、わたしは今日だけでどれだけ寿命を縮めているんだろうか。

落ち着けわたし。

いや、ていうかそもそも今そんな事を考えている場合じゃない。

本当に落ち着けわたし…!

どうにも思考が現実逃避を図ろうとするわたしは百面相でもしていたんだろうか。白石くんにクスリと笑われてしまった。

もう穴を作って入りたい…。

「なあ、みょうじさん」

「は、はい!」

流れる動作でいつの間にやら踏み込んでいた公園。一歩先を歩く白石くんに続き、よく言えばレトロな。微妙な感じに言えば素朴なベンチへと腰掛ける。

「俺な、今日は目標作って来てん」

「目標?」

ああ、大学にも慣れて来た頃だし、そろそろ資格とかやりたい事の方向性とかそういうのも固まってくるよね。

偉いなー。わたし、目標はなんぞって聞かれても、まだそこまではっきりした事が言えるほどのものがないんだよねー…。

わたしもそろそろ方針固めないとなぁ。

「名前で呼ぶっちゅーことと、名前で呼ばれるっちゅーこと」

「そっか。……え?」

今なんて?What?

名前?Name?

白石くんはしっかりしてるなー。見習わなきゃなー。と感心していたわたしは、にっこりと綺麗なのにかっこいい爽やかスマイルの白石くんの言った言葉に「?」マーク大量生産である。

文字通りぽかんとするわたしに、白石くんは相変わらずの笑顔のまま。だけど至って真剣な眼差しで続けた。

「俺ら、付き合い始めて…今日も初デートやのに、まだ“みょうじさん”“白石くん”のままやろ?せやから…そろそろ一歩くらい踏み出してもええんやないかと思っててん」

「…そういえばそう、だね」

大学で知り合ってからずっと“白石くん”“みょうじさん”だったから…あんまり意識していなかったけれど。一応彼氏彼女という関係なのに、いつまでも苗字呼びはなんだか距離が縮んでいかないような気がする。

言われてみれば確かにそうだ。

「せやから、名前で呼ばせてくれへんかな?んで、俺のことも名前で呼んでくれたら嬉しい」

「前者はもちろんオッケーです。…が、」

「…が?」

後者はムリです。

今日だけでかなりの寿命を磨り減らしているのにこれ以上なんて…!

「死んじゃいますぅうっ!」

あああ、白石くんがきょとんとしてる!でも本当にごめんなさい。わたしの命がかかってるんです…!

「練習、するから!絶対呼べるようになるから!」

それまで待ってて!

わたしの必死さが伝わったのか、白石くんは若干眉を下げ、困ったように笑い、頷いてくれた。

「ほな、楽しみに待っとる。…なまえ」

そしてとどめを刺されてしまった。



End




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