キッドとアルバムを捲る


◇大学生なふたり。


「あ、キッドこれ…」

「あー?なんだァ?」

「本棚!高校の卒業アルバム見つけた!」

広くはねえアパートの、それ相応のキッチン。
我が家へ訪れたなまえのため、滅多に淹れない紅茶を淹れている真っ最中の俺へと届いたその声は、部屋に待たせている…他ならぬなまえの声。

「あー、そういや本棚に突っ込んであったか…」

「うん、雑誌の中に一冊だけ違うの入ってた」

以前なまえが好きだと言っていた紅茶を淹れたカップと、自分用のインスタントコーヒーが入ったカップを持って部屋へと移動する。

適当に雑誌やなんかを突っ込んでいる本棚の一角を指差すなまえの示す先には、確かに一冊だけ分厚いハードカバーの本。

「これ、見てもいい?」

「お前、自分の家に全く同じもんがあるだろ」

「キッドと二人で見たい。…だめ?」

「…別に、構わねえが…」

「やった!あ、紅茶ありがとう」

「零すなよ」

「うん、気を付ける」

天板を外し、こたつ布団を掛ければ冬はこたつに早変わりするテーブルに置いた紅茶をまず一口喉へと流してから、カップをテーブルの向こう側へ置き。

空いた手前のスペースへと件のアルバムを広げていく。

「キッドは探さなくてもすぐ分かるね」

「俺様の前じゃあ誰であろうと霞むからな」

「…ふふっ、ある意味間違ってないかも」

「なまえはドコだ?居なくねえか?」

「ちゃんと居るのに…ひどい」

「…くくくっ、冗談だ」

「やっぱり、ひどい」

俺をジト目で見てくるなまえは、写真の中と髪の色が違うとか、髪の長さが違うとか。

それくらいの違いしかねえように思う。

思えばこいつと出会ったのはいつだったか。

体育祭だった。あれは…そう、高一の時だ。

そこから少しずつ話すようになって、ダチになって。
いつの間にか惚れてた事に気付いた俺が、同じ大学を志望してることを知らずに焦って告ったのが高三の夏頃…。

それから約二年。会わない日の方が少なかったんじゃねえか?
…当然、数えたわけじゃねえけど。

毎日のように見てるせいで変化に気付かないだけかと思ったが、こうして過去の写真を見ても…なまえはあまり変わってねえんだな。

「わたし、こうして見ると髪伸びたねぇ」

「むしろそこしか変わってねえ気がするんだが」

「それは…褒め言葉として受け取っておきます」

「どーぞ」

「あ、このピン…」

「ピン…?」

「これ、この写真に写ってるわたしの髪留め」

「ああ、」

「覚えてる?」

「当たり前だろ」

なまえが指差す写真へと目をやり、写真の中で微笑む彼女が髪に着けているヘアピンを認識する。

薄いピンクの花がアクセントになっているそのヘアピンは、忘れるわけがねえ。

他でもなく、俺となまえが出会った“キッカケ”。

「ふふふっ、あの時はびっくりしたなぁ。急に走って来て『お前、俺と来い!』…なんだもん」

「…焦ってたんだよ。あの時点で俺がトップだったからな」

「ワケが分からないまま走った挙句、審査の人に『ピンだけでよかったんですけど』って言われた時は脱力した」

「悪かったって、ちゃんとその後すぐ謝ったろうが」

「うん、逆に焦った」

「あ?…初耳だぞ、それ」

「だって、あの閣下に謝られるなんて思ってもみなかったもの」

「閣下…?」

「あれ、知らない?一部の人の間ではキッド、そう呼ばれてたんだけど、」

「…初耳だ」

高一の体育祭…その中でも借り物競争の記憶を思い出すと、未だに自分が恥ずかしくなる。

一番に引いた借り物のお題に書かれた『花のヘアピン』の文字。

生憎俺の連れにそんなもんを身に着けるような奴は思いあたらず舌打ちをして、視線を巡らせた先に見つけたのが、なまえだった。

焦った俺は『花のヘアピン』を身に着けたなまえごとゴールへ連れて行き、先述のとおりのことがあったわけだ。

まあ、それがキッカケでなまえと話すようになったわけだしな。悪い思い出ってわけじゃねえんだが。

ていうか、閣下ってなんだ。俺、知らねえところでなまえにそんな呼び方されてたのか。

「閣下ってどういう意味だよ」

「え?ええと、基本的には高位高官の人に対する敬称、かな」

「違ェよ!そういうんじゃなくて、俺がそう呼ばれてた由縁を聞いてんだッ」

「あー、キッドは高校の時から髪型がさ、こう…逆立ってるじゃない?」

「…おう」

「それで、目元がこう…吊り上ってるのが、類似するというか、」

「…つまりなんだ、デーモン的なアレ、か」

「…デーモン的な、アレ」

「……はぁ〜…マジか」

「一部でだよ、一部で」

「なまえも入ってたんだろ、その一部に」

別に過去の話だ。変な呼び方されてたくらいで凹んだって仕方ねえ。
くそ、頭では分かってんのに声のトーンが勝手に下がりやがる。

「で、でもね違うんだよ!そう呼ぶ人たちの大半は、キッドのファンなの!」

「はぁ…?ファン?俺の?」

「そう。今だから言うけど、キッド、結構女子に人気だったんだから」

「俺の周りに来る女なんか殆どいなかったが」

「わたしもそうだったけど、近づき難いイメージが強いんだよ、キッドは」

「デーモンだからか?」

「違…くもないけど、男の子同士で楽しそうにしてるキッドが好き、っていうか」

「なんだそれ。見てるだけでいいってことかよ」

「だいたい、そんな感じ」

「ふーん…。それは、お前も入ってたのか?」

「え?」

「遠くから見てるだけでいいファンの一人に。なまえは含まれてたのか」

さっきから全くページが捲られなくなったアルバムの写真から、なまえと、自分を指差す。

写真に写る二人の距離は、ほんの数センチ。

「ふ、くまれて…ました…」

頬を赤く染め、目を逸らしながらも答える目の前の彼女との距離は…。

今、0になった。



end




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