ローにとって特別なこと
◇イメージでは高校生。
「おいなまえ、これやる」
「え?キッドくん今なん…わっ、っと…!?…ココア?」
「好きだろ?ココア」
「うん…好き」
「やる」
「えっ!これ…いいの?貰っちゃって」
「コーヒーと間違えて買っちまったんだ。今、ココア飲む気分じゃねーからな」
「あ、じゃあお金、」
「いらねぇ。ミスった俺が悪い」
「違いない。なまえ、貰ってやってくれ」
「キラーくんまで…。じゃあありがたく頂くね」
「おー」
例えば、昼休みのがやがやと騒がしい教室。
おれの目の前で交わされる、他愛ないやり取り。
「うー…憂鬱…」
「おーっす!って、なんだぁなまえ?朝っぱらからやけにブルーだな…どうした?」
「おはよう、ウソップくん。化学得意なウソップくんには分からない悩みです」
「あー…そういやなまえって化学苦手だったな」
「今日の化学、わたし当てられる番…」
「ははーん、なるほど。…なまえ、このウソップ様が教えてやろうか」
「え!本当?!」
「この間課題写させてもらった礼だ」
「やった!ウソップくん大好き!」
「ただーし!このウソップ先生に教わるからには本番でミスは許されないと思えよ!」
「本番…って、授業のこと?」
「そうだ。当てられた時、完璧な回答をすること!」
「うぅ…っ、スパルタだ…」
「まだなんにも始めてないだろ…」
例えば、なまえの苦手な化学がある日の朝。
朝の挨拶と共に差しのべられる救いの手。
『好き』、『大好き』。
特に意識はしていないだろうが、なまえは割りとよくその言葉を口にする。
それは物であったり、友人だったり。向けられる先は様々だ。
その言葉は、特別なものであるようでいて、そうでもない。
だから彼女の紡ぐそれらに、おれはいちいち嫉妬したりしやしない。
おれにとっての特別は、そんな言葉なんてものじゃなく。
「わっ、もう夕方になると少し肌寒いくらいだね」
この身の隣に彼女がいること。
「暦の上じゃ、とっくに秋だしな」
少し落とした視線の先に、彼女の瞳が映ること。
「寒くなってくると、人肌が恋しくなりますね?」
「そうか?」
「ええ、ならない?」
「おれは年中無休で恋しいもんで」
「ふふっ、意外に寂しがり屋さんなんだ」
彼女が笑う振動が、この耳と身体に伝わること。
「うさぎみたいだろ?」
「トラさんかと思ったらうさぎさんでしたか」
「なぁなまえ、知ってるか?」
「知らない。…なにを?」
「くくっ、聞く前に答えるんじゃねえよ」
「ローがそういう時、たいていわたしの知らないことだもの」
おれの名を、その声が紡ぐこと。
「なら、教示してやる。…うさぎは寂しいから死ぬわけじゃない」
「え、ストレスで胃に穴が開いて死んじゃうんじゃないの?」
「半分正解ってとこだな。うさぎは環境の変化に弱い生き物だ。例えば飼い主が長期で不在の場合なんかは、がらりと環境が変わるだろ?」
「そうだね。住むところとか、ご主人様とか」
「そうなると、うさぎにとってはかなりのストレスになる。で、ストレスが溜まり、体調不良になって食欲が減り…悪循環を繰り返して、やがて死に至る」
「…つまり、『寂しい』から死んじゃうんじゃなくて、『環境が変わった』から死んじゃうってこと?」
「かなりの確率でそうなるらしい」
「じゃあ、ローも…寂しくても平気?」
「そうだな…。だが、環境の変化には弱い」
「んー、例えば?」
「例えば、おれの手の届く範囲にお前がいない」
「わたし?」
「お前の声が聞こえない。お前がおれを呼ばない」
「ろ、ろーっ」
「なんだ?もういいのか」
「もう、いい…じゅうぶんです…」
伸ばした手から伝わる、彼女の体温。
「あったけえ」
「今、よりあったかくされちゃったから」
触れたこの手を握り返す、柔らかな力。
それら全てが特別で、それを与えられるのは唯一無二のただ一人。
言葉など、ただの装飾品に過ぎないとさえ思える。
そんなことを思うこと自体が、既に特別なことなのかもしれないな。
end
ウソップってなんやかんや頭いいよね。
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