ローと白い女
※Attention!※
このお話では、なまえさんが病気を患っておられます。
しかもリアルワールドに実在する病気です。
実際にその病気を患っておられる方や身内の方がいらっしゃると、気分を害されるかもしれません。
ネタバレになりますが、こういった要因がありますので、以下にその病名を記載させて頂きます。
アルビノ(先天性白皮症)
苦手な方はご注意下さい。
また、このお話につきましては、事情が事情なので苦情がありましたらお受けする所存でございます。
おれたちは今、とある小さな島に停泊している。
その島は、島の中心に一つの大きな街があり、その周りに小さな村や集落がいくつか点々と存在するだけの、あまり発達しているとは言い難い島だった。
「でもまぁ、とりあえず気候も落ち着いてるし、ヤバい動物もいないし。過ごしやすいっちゃ過ごしやすいよな」
酒場特有の喧騒に紛れながら発せられたシャチの言葉どおり、確かに此処は平和らしかった。
気候は一定しており、島自体の恵みも豊富らしく、良く言えば自給自足。悪く言えば鎖国のような状態。
各自の集めた情報が書き込まれた地図を見るに、目立った貧富の差や紛争はない。代わりに、少々文化や情報が乏しいと感じるところもあるが…。
ともあれ、おれ達は決して好き好んで戦闘や殺戮に身を投じるようなことはしない。
ならば一番発達しているこの街で、揃えられる必要物資を調達するのみでいいか。
そう思った。
だが、地図の中に一部…気になる情報が目に付いた。
「…おい。この西側の情報書いた奴、誰だ」
「西側はおれです」
「ペンギン、このドクロマークはなんだ。どういう意味がある」
「ああ、それは…、」
『白い森』。地図上にドクロマークが書かれたそこは、そう呼ばれているという。
しかしそれは森に生い茂る草木が白いわけではない。
そこに住む人間…女が白いのだという。
「まるで肌の色が抜け落ちたみたいに真っ白なんだそうです」
「肌の色…。その白い女がドクロの原因なのか?」
「はい。…街の住人曰く、『珀鉛病の女』…と。感染を危惧している住人達は、その森に近付かないんだそうです」
ぴくり。自身の眉間に一層深く皺が寄るのを感じた。
珀鉛病だと?
『白い町』から随分離れたこの地で、まさか聞くことになるとは思ってもみなかったその病名。
そしてもしそれが本当なのだとしたら、その女は…。
おれと同じ出身、ということになる。
あの地獄から生き延びた、故郷の生き残り。
「…船長?」
話し終えたがなおも黙り続けるおれに、ペンギンは首を傾げて呼びかけてきた。
こいつらにも話していない。
おれが、『白い町』の出身であること。
かつて珀鉛病を患っていたこと。
「…おれは明日、その『白い森』とやらに向かう」
「えっ、しかし、」
「なにか意見があるか?」
「…いえ、ありません」
こいつも珀鉛病のことはよく知らないはずだ。
だからこそ、住人達から聞かされた『感染』というワードが引っかかっているのだろう。
それでも何も言わないのは、やはりおれがオペオペの実の能力者だからか。
「お前達は好きにしていい。おれに付き合う必要はねえよ」
「船長お一人で行くつもりですか」
「女に会いに行くだけだ。一人の方がいい」
「何があるか分かりません。せめて誰か同行させて下さい」
「…おれに命令するつもりか?ペンギン」
「…滅相もない。おれはお願いしてるだけです」
「はぁ…まったく、うちのクルーは心配性で困る。…仕方ねえ、ベポ!」
「はーい!」
「お前、明日おれと一緒に来い」
「アイアイ、キャプテン!」
「これで文句ねえな」
「気を付けて下さいよ、船長」
「誰に向かって言ってる」
仲間さえも知らない、僅かな緊張と期待を静めるように、おれは一気に酒を呷った。
翌日、おれはベポと共に西にある『白い森』へ訪れた。
住人達が近づかないと言っていただけのことはあり、森はなかなかに荒れていた。
荒れていた、というより、森本来の姿、とでもいうべきか。
「キャプテン、大丈夫?」
「ああ、だいぶ慣れてきた」
おれの前を歩くベポは、慣れない獣道だからか頻りにおれの様子を振り返ってくる。
本当にうちのクルー共は心配性だな。
この程度で音を上げる程ヤワじゃねえ。
「あ、キャプテン!」
「あ?」
がさがさと草を掻き分けて進んでいたベポが声をあげ、またおれを振り返る。
しかし今度はなにかを発見したらしい様子。
立ち止まったその巨体の横へ並べば、ベポの指差した先に…一件の小屋のような建築物が見えた。
「…あれか」
木造のそれに向かい、念のため警戒しつつも足は止めない。
扉の前でようやく立ち止まってみれば、確かに人の気配が感じ取れる。
いきなり扉を開けてしまおうかとも思ったが、それでは聞ける話も聞けなくなるかもしれない。
肩に担ぐようにして持っていた鬼哭をベポへと預け、その扉を叩く。
人が動く気配と、小さく聞こえる床を踏みしめる音。
向こうも警戒しているのだろう。
その足音には迷いが滲み出ている。
「……ど、どちら様でしょう…?」
「…、」
僅かに開かれた扉から見えた女の姿は、確かに白かった。
肌も、髪も、その瞳にあるべき虹彩も。
透き通る程に、白かった。
しかし…これは、違う。
「あの…、…っ!」
「あ?」
怯えた表情でおれを見ていた女が、そろりと視線を上げ…その瞳を大きく見開いたかと思うと、
バターンッ!
倒れた。
「おい!?」
「え、その人どうしたのキャプテン?!」
突然倒れた女に驚き、おれはすぐさま扉をこじ開け中へと入る。
ベポはおれの後に続こうとしたが、生憎あいつには小さすぎる扉だった。
女は息をしていなかった。
…語弊がある。
女は、息を止めていた。
目を思い切り閉じ、口を引き結んで息を止めている。
「…おい、あの熊はおれのクルーだ。襲ったりはしねえ」
「……へ、」
おれの言葉に、女はぱちりと目を開いた。
「先天性白皮症…アルビノと呼ばれる遺伝子の病気だ」
「アルビノ…」
おれたちが危害を加えるつもりがないことを告げ、且つ医者であることを告げると、女は戸惑いながらもおれを正式にその“家”へ招き入れた。
病名を告げると、女はさして驚いた風でもなく、ただ「そうですか」と答える。
「知っていたのか、それが珀鉛病じゃねえことを」
「…色んなこと、調べたんです。わたしなりに。それで皆が言う珀鉛病とは違うみたいだなっていうことは…思ってました」
「なら、それを言えばよかったんじゃねえのか」
「いえ、その…実は、わたしの父が生前『白い町』に行っていたことがあるんです。ほんの、一時期だけ。その事実があって、わたしが何を言っても皆は、聞いてはくれませんでした」
女は、ガリガリに痩せ細ったその指を組み、気丈に笑ってみせた。
珀鉛病が世に知れ渡って結構な時間が経つが、未だ世間の認識は…おれがガキだった頃と何も変わっちゃいない。
それもそうだ。
治療なんざしてねえ病に、治療法があるわけねえ。
「…チッ」
「っ、」
忘れたことはない。しかし思い出したくもない過去が脳裏を駆け巡り、思わず舌打ちを鳴らす。
女はびくりと肩を震わせ、おれをその色素の薄い瞳で見つめている。
「お前、名前は」
「…なまえ、です」
「なまえ、お前は…生きたいか、こんな世界でも」
必ずしも、生かすことが救いとは限らない。
アルビノは厄介な病だ。
遺伝子レベルのその病は、外科医の…オペオペの実の能力者であるおれにも治せない。
もし、なまえがこんな場所でも自分の故郷だと。
この地に骨を埋めたいと言うのなら、おれはこのまま立ち去るだけだ。
だが、珀鉛病ではなかったにしろ…おれと同じような扱いを受ける人間を放っておけないと思った。
別に、あの人のようになりたいと思ったわけじゃない。
ただおれが…胸糞悪いと思っただけだ。
「はっきり言って、お前の病気を治してやることはできない。だが、連れ出してやることはできる」
「連れ出す…この島から…?」
「ああ。おれは海賊だ」
「お医者さん、じゃなかったんですか?」
「海賊で、医者だ」
「…わたしの病気は他の島や国でも、治りませんか」
「…恐らく」
「それなら、…それならわたしは、生きているうちに
この島じゃない世界を見てみたい…!」
顔を上げ、真っ直ぐにそう言ったなまえの目に。
これから世界は、どう映っていくだろうか。
その身体がすっぽりと収まるマントを羽織らせ、フードを目深く被らせる。
その病の特性上視力の弱いなまえの手を引き、小屋を出た。
「キャプテン!」
「…っ!」
外で待たせていたベポが振り向き、こちらへと向かってくる。
そしてなまえは、
バターンッ!
また、倒れた。
「なまえ、さっきと同じ熊だ。死んだふりすんな」
「……す、すみません」
「…こちらこそ、熊ですみません…」
「ベポ、こいつを背負ってやれ」
「アイアイ!」
今日も、おれ達は代わり映えのしない世界を巡る。
だがおれも、未だ過去に振り回される…代わり映えしない世界の一員だ。
見上げた空は、生い茂る木々に切り取られて酷く狭いものだった。
end
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