千歳に言い負かされる
厄日だ。そう思うほど今日はついていない。
朝、自転車で登校してたらネコが飛び出して来て、思わず急ブレーキ。勢い余って転倒した。授業では何故か毎時間当てられるし、しかも分からない。昼には卵焼きを落とした。
なんなんだ今日は。
そんな沈んだ気分で迎えた放課後。
のたのたと部室へ向かって歩いていたら、びしゃあーんっと水が降ってきた。
なんだこれ、いじめか。
ボタボタと髪先から落ち続ける水を眺めながらそんなことを思っていたら、上の方からしこたま焦った声での謝罪が聞こえた。
声の方を見上げたら、そこは二年の教室で、水色のポリバケツを片手に身を乗り出してる女の子。
危ないよー。
いじめじゃないならまぁいいか。あんなに謝ってくれてるしと思い、「大丈夫だよー」と笑ってみせる。なにが大丈夫なんだわたし。寒いぞ。
とにかくこのまま突っ立って自然乾燥というわけにもいかない。部室に行けばジャージがあるから、とりあえず再び部室へ向かうために歩き出した。
「なんねなまえ、どげんしたと?」
「千歳」
歩き出して数歩、ばったり千歳と出会った。
学校に来ることすら珍しい千歳にテニスコート以外の場所で出会い、明日は雨かぁと失礼なことが頭を過る。
「うーん、事故?」
「なんで疑問系」
「上から水降ってきた」
おっちょこちょいったい、なまえは。なんて言ってからからと笑う千歳。
おっちょこちょいって。あれはどう考えてもわたしのせいじゃないし、多分回避不可能じゃなかろうか。
そりゃあ千歳みたく未来予知(才気煥発だっけ?)が出来たら知らないけどさ。
ぐるぐると頭の中で考えていたら、千歳はジャージを脱ぎ出した。
何事かと眺めていたら、ばさりとそれを肩にかけられた。おお?
「そげな恰好で歩いちょったら目立つばい」
だから着とけという意味だろうか。
あのさ千歳くん、わたしとあなたの身長差考えようか。
40センチ近くも背の高い千歳のジャージは、わたしの太ももくらいまである。こんなん逆に目立つわ。
それに、
「いいよ。今日なんか寒いし、わたしも部室に行けばジャージあるから」
千歳はテニス部の大事な即戦力だ。マネージャーのわたしのせいで風邪なんかひかせるわけにはいかない。
「いいからなまえが着とったらよか」
「いいや、いらん」
「どうせ暑くなって脱ぐばい」
「うそ。キミいつも着とるやんけ」
「…意地っ張り」
「頑固」
暫く続いた押し問答。お互い譲る気はないらしい。
「あ」
すると千歳はなにか思いついたように声をあげた。
ふははわたしに口で勝てると思うなよ。
「なら、俺がなまえのジャージ着たらよか!」
「…はい?」
なんと言ってくるのかと待ち構えていたわたしは、あまりにも予想外な千歳の言葉に思わず間抜けた声をあげてしまった。
きっと表情もさぞや間抜けだったに違いない。
「それなら問題なか!」
うんうんと一人頷いている千歳。
「千歳くん千歳くん」
「なん?」
「いや、うん。わたしのジャージ破く気か」
確実にムリだろ。ちょっと想像したら分かるだろ。よしんばその逞しい腕が袖を通れたとしても、きっと肩幅的問題で身動き出来なくなるだろう。
あれだ。畑に挿してある案山子みたいに、両腕がぱつーんと横に真っ直ぐ一文字になることだろう。そんなことになったらもう破く他手がない。というか破ける。
「嫌なら大人しく着とることやね」
くしゃっと、いや、濡れているからぐしゃりと頭を撫でられる。
わたしは何も言い返せず、ただむーっと笑顔の千歳を睨んでみる。
くそう、わたしが口で負けるなんて。やっぱり今日は厄日だ。
End
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