白石とリップクリーム


「いっ、たー…」

「ん、どないした?」

「唇切れた。地味に痛い…」

12月も後半、冬の真っ只中。

この時期は空気が乾燥しているせいで、唇がかさかさがさがさする。

一応気をつけてはいたつもりだったけど、エアコンが効いて乾燥度3割り増しのこの部屋では、わたしのちっぽけな努力は通用しないようだった。

「…白石はさ、なんか綺麗だよね。唇」

「男が唇綺麗言われてもなぁ…」

「なんか塗ってたりするの?」

「んー?一応リップクリームは塗っとるで」

「リップクリーム…」

リップクリームを塗っていたわたしの手が止まる。

最近買ったばかりの、ふんわり苺の匂いがするクリーム。口紅のような形状をしたそれを眺めて、これを白石が塗っている姿を想像してみた。

なんだか、薄ら寒くも笑える光景だ。

「…言うとくけど、そーいう口紅みたいなんとちゃうで」

「あははっ!バレたかー!」

その顔見たらわかるわ。白石はわざと拗ねたような顔をして、がさがさとカバンをあさった。こういう時だけは、妙に年相応に見えるから不思議だ。

「あれ」

「どしたの?」

「リップクリーム忘れとるやん、俺…」

あらま、珍しい。お笑い以外はパーフェクトな白石が、まさか忘れ物なんて。

まぁ、授業とか部活に関わるようなものじゃないから、不幸中の幸いというかなんというか。
どんまい。

「なぁ、なまえのリップクリーム貸してくれへん?」

「…はっ!?」

「なんや、この部屋むっちゃ乾燥しとるし…がっさがさすんねん」

「いやいやいやいや、そーいう問題?」

「は?他になんかあるん?」

「えええ」

誰だよこいつをパーフェクトとか言いだしたのは。全然ダメだよ人として。

そうこうしていたら、握りしめていたリップを奪い取られた。

それはもう華麗に、するりと。

「うわ、なんか甘い匂いする」

文句なんだかどうなんだかわかんないことを言いながらそれを唇に走らせる白石は、なんだか全然笑えなかった。

ふんわり甘い苺の匂いが、わたしの唇と白石の唇から漂って、ひとつの匂いになっていく。

タイマーで暖房が切れたのにも気づかないくらい、わたしの顔は熱い。



End




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