白石くんのバレンタイン


朝、靴箱を開けたら過剰包装された箱が投入されていた。

今日は製菓メーカーの販売戦略もとい聖バレンタインと有名な日。

きっと友達の誰かがチョコをくれたのだろうと思い、教室に行って過剰包装を開封すると、案の定それはチョコレートだった。

すごく綺麗なカタチでおまけにとても美味しかった。

なんだか今日一日頑張れそうな気がした。

その日の休み時間、クラス全員へチョコを配り、ついでに友達の元へ行き、あのチョコくれたん自分?と聞いて回ってみたのだが、あのチョコをくれた友達は誰もいなかった。
おかしい。

誰がくれたんだろう。次第にわたしは嫌な想像をするようになってきた。

まさか誰かの靴箱と間違えて恋する乙女が入れてしまったんじゃないか。わたしのクラスの男子ってモテ男が多いらしいし…。

そう考えはじめてしまうと、わたしはなんだかよくわからない罪悪感のような、焦燥感のような気持ちになった。

放課後、結局チョコの贈り主がわからないまま、モヤモヤとした気分で靴箱を開けた。

「…あれ?」

靴箱を開けたら、綺麗な緑色の封筒が投入されていた。

封筒にはこれまた綺麗な文字で、『みょうじ なまえ 様』と書かれている。紛れもなくわたし宛のようだ。

「あ」

なんだろうと封筒を開こうとしたら、グラウンド側から声がした。

反射的にそちらを見ると、そこには同じクラスの白石くんがいた。

「あ、白石くん。お疲れ」

「おおきに。…あー、みょうじさん、それ、」

「ん?ああ、なんかね、靴箱に入っとってん。ちなみに朝はチョコが入っとった」

部活のジャージを着た白石くん。ああやっぱりかっこいいなあと思う。
ドキドキと胸が高鳴るのを感じた。

「それ入れたん…俺やねん。手紙もチョコも」

「えっ」

あまりにも予想外なことが起こると、人はこんなにも間抜けな声が出るのかと感心してしまうほどわたしは随分間の抜けた声を出していた。

「みょうじさん、毎年クラスんやつ全員にチョコ配っとるやろ?せやから思い切って自分から渡してみよか思って…な」

わたしは瞬きをするのも忘れ、綺麗な顔を逸らして捲し立てた白石くんを凝視していた。

わたしの頭の中はごちゃごちゃしていて、上手く白石くんの言葉を理解できない。

「あんな、その手紙…返してくれへん?」

「…え?」

「やっぱり自分の口から言わなあかんことやから」

「う、うん」

少し開いていたわたしと白石くんの間が、わたしが一歩、白石くんが一歩前に出たことで、もう手紙を手渡しできるくらいの距離になった。

白石くんは、まっすぐわたしの目を見ていた。

わたしは気恥ずかしかったけど、何故か目を逸らすことは出来なかった。

「俺は、ほんまはみょうじさんだけにチョコを貰いたいし、俺だけにみょうじさんのチョコを渡して欲しいと思っとる。…この意味、わかる?」

「…う、ん」

わたしの思い上がりじゃないのなら、白石くんが言いたいのはつまり…、

「好きです、付き合うて下さい」

「しっ、白石くん!?」

わたしは頭を下げた白石くんに、半ば声を上ずらせて驚いた。
わたしは軽くパニックになりながら、必死に今伝えるべき言葉を選び出した。

「あ、あのね白石くん!わたしも、白石くんがたくさんの子からチョコ貰ってるん見て、なんや…いややなって、思ってた」

顔に身体中の熱が集まるみたいに、どんどん顔の熱があがっていくのを感じる。

白石くんがすごく驚いた顔でわたしを見ている。

それがまた気恥ずかしくて、わたしの視線は段々と下へ向いてしまう。

それからわたしは何も言えなくなってしまい、わたしたちの間に沈黙が流れた。
おかしいね、静かなはずなのに、自分の心臓の音があまりにうるさくて全然静かじゃない。

「…それは、」

白石くんの掠れた声が、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「俺のチョコ、ホンマの意味で受け取ってもらえたってことで間違うてへんか?」

まっすぐと見つめてくる白石くんの視線に映るように、わたしはしっかりと頷いた。

白石くんの顔が、多分わたしと同じくらいに赤く見えたのは、きっと沈んでいく夕日のせいじゃないと思う。



End




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