ローとコンビニ店員


「いらっしゃいませー」

ピロリロと軽快な電子音が今日もお客様の来店を告げる。

バイトの定番であるコンビニ。
わたしも例に漏れず、家から歩いて5分のこのコンビニでバイトの真っ最中だ。

「(あ、トラファルガーさん!)」

品出しをしつつマニュアルどおりの挨拶を言い、入口へと目を向ける。
お客様は見覚えのある人で、わたしが“一方的に”知っている男性だった。

スラリと高い身長に、目元の隈が特徴な整った顔立ち。そして、医学部でトップクラスの頭脳とセンスを持つ…トラファルガー・ローさん。

学科も違うわたしでさえその噂も容姿も知っているような、所謂学内の有名人さんだ。

だから彼の姿を目にしても声をかけるなんてことはしない。彼からしたら「誰だ、お前」だもの。

「(今日は一人なんだ…)」

あまりちらちら見るのは失礼だし、気持ち悪いだろうから…極力自然に盗み見る。…盗み見ている時点で失礼だろって言われたらそれまでなんだけど…。

彼は家が近いのか、たまたま通り道なのか。結構頻繁に此処へ訪れる。
わたしもずっと働いているわけじゃないし、ストーカーをしているわけでもないから、流石にどういう間隔で来ているのか。詳しいことは分からない。

でも、平均して週の半分、何処かしらの時間帯で出勤しているわたしがよく見かけるのだから頻繁、といっても過言ではないだろう。

さて、話題が逸れてしまった。問題は、そこじゃないのだ。

彼がいつ来ているのかではなく、問題はその時一緒にいる人。

時には同じ大学のユースタス・キッドさんやモンキー・D・ルフィさんと。(彼らもまた違った意味で有名な人だ。)
時には先輩さんと。(トラファルガーさんの扱いが先輩に対するそれとは思えないけれど…。)
そしてよく見るのが、女の人と一緒のパターン。

ただし、その女の人はいつも特定の人じゃない。
だからといって、その誰もが別にトラファルガーさんのなにってわけでもなさそうで。
『追っかけ』とか、言い方は悪いかもだけど…『付きまとわれてる』って感じ。

そんな彼が今日は一人。そこまで珍しいかって言われたら…そうでもないんだけど、でもちょっとだけラッキーって思ってしまう。

その後、彼は缶のお酒を数本と、いくつかの乾き物なんかを物色してレジへ向かった。

「(やば、レジ人いない!)」

トラファルガーさんの背中を眺めていたら、その向こうのレジに店員がいないことに気づき、慌ててレジへ入る。

「お待たせ致しました」

内心焦りつつ、笑顔だけはなんとか保つ。
トラファルガーさんも特に気にした様子はなく、ただ上着のポケットからお財布を取り出している。

「お箸はおつけ致しますか?」

「ああ、頼む」

店員とお客様の、マニュアルどおりのやり取り。
でも、いつも彼の周りにいる女の人は、だいたい彼に話しかけても返事どころか視線すら合わせてもらえない人が多い。
それに比べたら、この空間ではわたしが一番まともに会話しているんじゃないかって思ってしまう。

そう思うと、なんだか少しおかしかった。

「ありがとうございました」

お会計を頂いて品物を詰めた袋を差し出せば、彼はそれを受け取り…何故か少しだけ、笑った。

「…?」

え、なに?どうしたんだろう…。お箸はちゃんと入れたし、お釣りも返した。
ま、まさかさっき見てたのがバレた!?それとも金額間違ってた…?!

時間にしたらほんの1、2秒だと思うけど、トラファルガーさんがレジから離れないことで一気に色んな不安がわたしを呑み込んでいく。
もはや保っていた笑顔は引き攣っているかもしれない。

「あ、あの…どうかされましたか…?」

自分でも情けないことに、少し声が震えていた。
でも、今のわたしには精一杯。

「いや、悪い。最近は女だとあんたが一番まともに話してんなと思ってな」

「…え、」

「あんた、おれが此処に来る時よくいるから覚えてんだよ。大学でも何回か見かけたことあるぜ」

チラリと誰もいない後ろを振り返りながら、トラファルガーさんは笑顔のまま続けた。
うそ、トラファルガーさんがわたしのこと覚えててくれていたなんて。ていうか、同じこと思ってた…。

いつの間に大学で目撃されてたの、わたし。自分が知らないところで目撃されてるのってなんか恥ずかしいな…。

「おれは医学部二年のトラファルガー・ロー。…あんた、名前は?」

「あ、わたしは…、」

凄く自然な流れで名前を聞かれ、何の疑問も持たずに答えてしまった。

わたしの名前を聞いた後、トラファルガーさんは「また来る」と言って、今度こそコンビニを後にした。

初めての、マニュアルどおりじゃない会話。

店員とお客様の境界線を、一歩踏み出した気がした。




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