岸辺さんちで雨宿り


5分前までは快晴だった。
夏らしく蝉がミンミン合唱していて、日差しは痛いくらい強かった。

だというのに、今見上げる空は濃い灰色の雲が重々しく垂れ下がっていて、更にそこから勢いよく雨が叩きつけられている。

夏によくある夕立。
まさかあんなに急に降り出して、バケツをひっくり返したような勢いになるまでものの10秒足らずだとは思ってもみなかった。

おかげで、傘を持っていなかったわたしは急いで軒下に避難したにも関わらずびしゃびしゃの濡れ鼠。

しかも、運がいいのか悪いのか。
逃げ込んだ先は知り合いではあるが然程仲が良いともいえない某漫画家様のご自宅の軒下で。

「…なんか、見つかったら“汚れる”とか言われて追い出されそう」

びしゃびしゃのわたしがこの家の主に無断で借りている玄関前の軒下は、わたしの服や足元から落ちる雨水で色を変えている。

追い出されないにしても、掃除していけとかなんとか言われたりして。
…うーん、ほんとに言われそうで恐い…。

夕立ならあと数分もすれば止むだろうから、それまで気づかれませんように。

そう何にともなく祈っていると、なんとも今日は神様のご機嫌が悪いらしい。

「…キミ、なにやってるんだ。人んの前で」

何故このタイミングで玄関を開けたのか。
いつもはインターホンを鳴らしたって居留守とか使うくせに!
『こういう時に限って』というのはよくあるもので、本当にこういう時に限ってインターホンすら押していないというのに、あの岸辺 露伴が自らその玄関を開け、顔を覗かせた。

「あー、すみません。雨宿りをさせて頂いておりまぁ〜す」

へへっと笑って正直に言うと、岸辺さんは隠しもせずに深い溜息をひとつ。

う…っ、何を言われるんだろうか。
思わず身構えてしまう。

「まったく、そんな恰好でぼくの家の前にいるなよ。ぼくがわざと閉め出しているみたいじゃあないか」

「はぁ、すみません。でも、できればもうちょっと…せめて雨がパラパラってくらいになるまではここを使わせてもらいたいんですが、」

「聞こえなかったのか?そんな恰好でぼくの家の前にいるなって言ってるんだ」

「…ええー…」

マジか。マジか岸辺 露伴。
あんた鬼だよ。
辛辣な言葉も嫌味も散々聞いてきたし言われてきたからそこまでドン引きはしないけれども、流石にちょっと酷くありませんか。

心の中で批難しても、「言われそうだなー」と思っていた分言い返す気も起きない。
むしろ「やっぱりかー」くらいの気持ちだ。

だから背中を向けて家の中に戻ろうとする岸辺さんの背中に向けて、ベロを思いきり突き出すくらいにしておこう。
そして、もういっそこの土砂降りをエンジョイしながら帰ってやろう。

そう諦めがついた。

だけどそのまま玄関を閉められるものと思っていたわたしに、岸辺さんは思いがけず振り返り、こう言った。

「おい、さっさと入れよ。家の中まで湿気るだろう」

「…へ?」

「シャワーくらいは貸してやるが、当然女物の服なんてないからな。ぼくのシャツで我慢してくれよ」

「…は、はい…!」

マジか。岸辺 露伴マジか?!
岸辺さんに促されるままお家にお邪魔し、シャワーを借りてシャツとズボンまでお借りしてしまった。

その後、濡れた状態で歩いた廊下と玄関の掃除をさせられたけれど、いつの間にか乾燥機にかけられた服と温かい紅茶のおかげで、なんだか岸辺さんの印象がガラリと変わった。

後日、知り合いの仗助くんにその話をしたら「それってよォ、当たり前のことしかしてなくねぇっスか?」と言われたけれど、岸辺さんをもっと良く知りたいと思うようになるのには充分だった。




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