長谷部さんは計画的犯行を遂げた


時間遡行軍との戦いが幕を閉じたらしい。

ある日突然にして赤紙のような召集令状で集められた、わたしたち霊力を持つ者たちは、同じく突然にして解散命令を下された。

政府の説明によると、何処かの本丸の部隊が時間遡行軍の本拠地を壊滅させたのだそうだ。

「みなさん、今まで本当にありがとうございました。長いようで短かったけれど…わたしは、みなさんと過ごせて本当に良かった」

最後の晩、わたしと共に戦ってくれた全刀剣男士と共に、広間で夕食を摂った。
いつもは渋るような面々も、今日は文句ひとつ言わずに集まってくれた。
他愛ない話をして、お酒も飲んで。
みんな、わざとらしいくらいに笑ってた。

明日には彼らを本来の姿に戻し、国に返却しなければならない。
彼らにとって、まさに最後の晩餐。

翌日、またみんなで朝ご飯を食べ、本丸を大掃除し、わたしが水垢離むずごりを終えると、いよいよ彼らとのお別れが始まる。

一振りずつ、別室にて元の姿へと戻していく。
戻す前の、本当に最後となる彼らとの会話は、ひどく断ち難く、情けなくも涙が溢れ出しそうになる。

戦いが終わったことは喜ばしい。
けれど、此処で彼らと過ごした日々はあまりにも充実していた。

沢山の兄のような、弟のような。父のようでもあるけれど、友人のようでもあった神様たち。

彼らがいなくなった後、わたしはぽっかりと空いた胸の穴を、いったいどうしたら埋められるのだろう。

一振り、また一振りと消えていく彼らの気配を名残惜しみつつ、残酷ながらも滞りなく儀式は進んでいく。

「大変お世話になりました、主」

「それはこちらが言うべきことですよ、長谷部さん。最後の最後まで近侍として働いて下さって…本当にありがとうございました」

「いいえ。最後に主命を賜れたこと、俺にはこれ以上ない誉と言えます。ありがとうございます、主」

恭しく頭を垂れる長谷部さんが、この本丸に残った最後の刀剣男士。
昨晩、長谷部さんはわたしの部屋へ訪れ、自分を最後の刀にしてほしいと告げた。
近侍として最後までわたしを手伝いたいのだと…そう希われてしまえば、わたしに断る理由はない。

「長谷部さんには、本当にお世話になりっぱなしでしたね。お礼もろくにできなくて…すみません」

「主命を果たすのは当然のこと。…ですがもし許されるなら、ひとつだけ…俺の最後の願いを聞いては頂けないでしょうか」

「最後のお願い、ですか」

長谷部さんは、仕事上意見や指摘をしてくれることはあっても、自分の願望を言ったことは一度もない。
きっとこの『願い』も、無理難題ではないのだろう。

彼の最後の願い。できることなら叶えたいと、わたしは強く思った。

「主のお名前を、お教え頂きたいのです」

「わたしの…名前、」

名は、魂に宿るもの。名とは魂そのものであり、末席とはいえ彼ら神にその名が知れれば、その魂は支配される。
政府を含め、到るところで耳にする文句だ。

その教えを軽んじていたわけではない。
現に今まで、わたしはどの刀剣男士にも名を明かしてはいなかった。

けれど最後に長谷部さんへこの名を伝えることで、彼が刀に戻った後も、付喪神としての記憶に僅かでも残るのではないか。
そんなことを考えてしまった。

「わたしの名前は、…−」

わたしの名前がなんだったのか、今ではもう思い出せない。
わたしという魂を縛る付喪神、へし切り長谷部は…当然知っているのだろうけれど。




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