露伴くんは守りたい
なまえはとても傷ついた顔をしていた。
今にも泣き出してしまいそうなその表情を見て、泣きたいのはこっちだ。なんてことは口が裂けても言えやしない。
分かっていたことだ。彼女の反応は。
分かっていたことだ。ぼくの言葉で彼女もぼくもこんな気持ちになるだろうってことは。
それでもぼくはこんなやり方くらいしか思いつかないんだ。
「…分かった…。もう、訊かないよ」
クソ、言いたい事があるなら言えよ。
本当は怒鳴り散らしたいんだろう。隠し事をしているだろうってさ。
キミのそういうなんでも許しているとでもいうような繕った態度、ハッキリ言って腹が立つ。気持ち悪いとさえ思うよ。
キミは聖人でもなんでもないんだ。それくらいのこと、ぼくが分かってないと思うのかい。
ぼくが、ぶちまけて当然の感情を見せつけられて、今さらキミを嫌いになるとでも思っているのか。
ふざけるな。
「ああ、そうしてくれ。それと、暫くはぼくやぼくの家に近付かないでくれるか」
「え…、それは…どういう、」
「訊かない、と。さっき言ったばかりだぜ」
「…っ」
本当にこれ以上訊かないでくれ。
なまえは関係ないことなんだ。関係してほしくないことなんだ。
なまえはこの町にいる殺人鬼のことなんて知らなくていい。
ぼくは既に首を突っ込んでしまった。けれどなまえはそれさえ知らない方がいい。
分かれよ。頼むから、分かってくれ。
「暫くって、どれくらいなの…」
「…さぁね。こっちから連絡するから、気長に待っててくれよ」
突き放しといて待っててくれだなんて、ぼくだったらぶっ飛ばすだろうな。
それくらいぼくは今酷いことをしている。他ならぬなまえに対して。
ああ、最低だ。最悪の気分だ。
嫌われてもいいだなんて覚悟、ぼくはこれっぽっちもしていない。
「……分かった。それじゃあ暫くさようなら、露伴くん」
パタン、とドアが閉まる音がして、プッツリ糸が切れたみたいに全身から力が抜けていく。
いつも『またね』と言って去って行くなまえが、『さようなら』と言った。
でも、『暫く』とも言っていた。
本当にそのつもりなんだろうな。他意があるんじゃあないのか。
追いかけて訂正させてやりたいのに、ぼくの身体はまったくいうことを聞きやしない。
「先生、顔色が悪いぜ」
「はは、承太郎さんに言われたくないな。徹夜が続いているんじゃあないですか?」
町で30代前後の男を対象に人間観察…という名の盗撮をしているところに、同じく調査に向かうところか、または向かった後か。空条 承太郎に遭遇した。
正直、この人とはあまり面識がない。
知っていることといえば、強い幽波紋使いってくらいだ。
「今回の件、思ったより手間取りそうだが…あんたがこの調査をしていること、身近な人間に不審がられたりしていないか?」
「…いえ、ぼくはそもそも一人暮らしだし、一番身近な人間ってのに当たるやつには…少し、距離を置くように言ったので…この調査を知っているのは貴方とジョースターさんくらいですよ」
「そうか。…周囲の人間に心配をかけてしまうようなら、調査はおれやSPW財団に任せた方がいいんじゃあねえかと思ってな」
…意外だ。
確かに、仗助たちにはガクセーはガクセーらしく勉強に励めとかなんとかそんなことを言って、基本的に調査はさせないようにしているというのは聞いていたが。
それは彼らが未成年だからだと思っていた。
「…この町の人間じゃあない貴方がそこまでする理由はないでしょう」
「そうかもしれない。…だが、突き放して守ろうとした大事なもんがあんたにもあるとしたら、それは絶対にやめといた方がいいってのを…おれは身をもって知っちまってるからな」
それは、常と変わらない淡々とした口調と静かな声なのに、何故だかとんでもない説得力、のようなものを感じさせた。
「突き放したもんが元通りになるとは限らねえ」
僅かだが細められたその目は、きっと目の前の往来なんか写しちゃあいないんだろう。
いったいこの人が何を守り、そして守れなかったのか。
とても興味がある項目だけれど、どうにも最近のぼくの身体ってやつは思いどおりに動いてくれないことが多い気がする。
今だってそうだ。
どうしてぼくは、突然走り出したりなんてしているんだろうな。
だいたい、今さらなまえになんて説明しようっていうんだ。散々知ってほしくないだとか考えていたくせに。それであんなにも傷つけたくせに。
ああ、とりあえず。まずは、そうだ。
あの時の『さようなら』を、撤回させるところから始めよう。
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