ジョセフとコンビニ店員と予報外れの雨
◇一応大学生くらいをイメージ。
『本日は晴れのち曇り。降水確率は40%。それではみなさま、良い一日を!』
秋らしい薄青色の空を背に、爽やかな笑顔で締めくくった女性アナウンサーをぼんやりと思い出しながら、わたしはビニール傘を片手にレジへ並ぶお客様の対応をしている。
予報はずれに降り出した冷たい雨に慌て、このコンビニへ沢山の人が駆け込んできた。
そして、いつもはあまり売れない傘が、まさに飛ぶような勢いで売れていく。
「ありがとうございました!」
傘と、温かいお茶を買って行ったスーツ姿の男性を送り出し、ようやくレジ待ちのお客様がいなくなったことにほっと一安心。
わたしはこのバイトを始めて数か月は経つから、新人というわけではないけれど…やはりレジ待ちの列ができていると少し焦ってしまうし、ひっきりなしに対応していると緊張状態が続いて疲れてしまう。
店内にお客様がまだいらっしゃるので堂々とはできないけれど、静かに一人深呼吸。
「(…あ、そろそろ在庫確認しなくちゃ)」
壁に掛けられた時計を見て、一旦レジを離れようかと考えたその時、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
やって来たのは大柄な若い男性。その人は頻繁にこのコンビニへやって来る常連さんだ。
彼はわたしのことなんて覚えていないかもしれないが、とても背が高く、体躯もがっしりとしていて、すごく印象に残る人だ。
そして、かなりの率でフライドチキンとコーラを買っていくのも彼の特徴。
その人は入ってすぐのところでキョロキョロと何かを探した後、何も持たずに真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
そしてその長い足であっという間に目の前までやって来ると、カウンターに片腕を置き、屈むようにしてわたしへ声をかけてきた。
「あの〜、ちょっと聞きたいんだけどぉ、あそこの…いつも傘引っ掛けてあるとこさ、今なーんもないんだけど、もしかして…売り切れ?奥にしまってあったりとか…、」
「申し訳ありません。そちらにないようでしたら、今は在庫がない状態で…」
「はぁ〜…やっぱりそうだよな〜…」
がっくりと項垂れた彼の髪は水分を含んでいて、少しの間雨に濡れながら外にいたことがわかる。
しかし、いつも一定数が売れるわけではない傘の発注は不定期だ。しかも今日は予報はずれの急な雨ときている。
いくら在庫リストを思い出してみても、店に出していた以上のものはない。
「あ。…あの、もし裏口の方で少々お待ち頂ければ、用意できるかもしれません」
「…へ?裏口?」
声を潜めるわたしに合わせてくれたのだろう。彼もまた小さな声で「どーいうこと?」と首を傾げた。
「あのですね…わたし、傘を二本持ってるんです。折り畳みですが、ないよりはマシかと」
「え、それってあんたの私物ってこと?流石にそれは…、」
「何処にでも売っているような安い傘なので、気になさらないでください。でもお貸しできるのは限定一本なので、内緒でお願いしますね」
わざと軽い調子で笑って見せれば、彼はほんの少し驚いた表情をした後、すぐに吹き出すように笑ってくれた。二人して小さな声でやり取りをして、まるで子供が悪戯の計画を立てているみたい。
棚の整理をしていた店長に2、3分外へ出る許可をもらい、わたしはスタッフルームのロッカーから折り畳み傘を一本取り出す。
もともと置いてあった置き傘と、数日前から鞄に入れっぱなしのままにしていた傘。まさか、折り畳み傘を二本持っていたことがこんなかたちで役に立つなんて。
そのまま急いで裏口から外に出れば、もうドアのすぐ横に彼が立っていた。
「どうぞ」
「マジで助かるぜ〜!…でも、本当にいいのか?もしかしたらこのまま返しに来ないかもしれないぜ」
「…まぁ、さっきも言ったように、別に高価な傘ではないのでそれでもあまり困りはしませんが…」
「うそうそ、ジョーダンだって!絶対返しに来る!…けどもしかしたら、悪気なくよ?故意的にじゃあないけど忘れちゃう〜、なんてことがあるかもしれねーから…一応これ」
傘と交換のように差し出されたのは、一枚の紙きれ。
ノートの切れ端のような小さなその紙には、何処かの連絡先が書かれているようだった。
「…これは?」
「おれの連絡先。これを返しに来なかったり、なんか困ったことがあった時とか、あとは〜、寂しくなっちゃった時とか。とりあえず、知ってて損はしねーと思うぜ」
ニヤリと笑う彼がなんだかすごくかっこ良くて、わたしはその軽口に笑うことも渡された個人情報を返却すべきという考えも…なにもできなかった。
ぼーっとしているうちに彼はひらひらと手を振って去って行き、残されたのは手に持った彼の人の連絡先。
「ジョセフ・ジョースター…さん」
そこに書かれた名前を読んだ瞬間、心臓が僅かに高鳴った気がした。
そして同時に、わたしも名乗っておけば良かったという小さな後悔が生まれたその意味を理解するのは、次に彼がこのコンビニへやって来た時になる。
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