初めまして、すみません


「じゃあまた明日!」

部活仲間に手を振って、我が家へと繋がる分かれ道を歩く。
わたしが所属する陸上部は、県内でも結構いい線までいける所謂強豪というやつで、その練習は量も時間もかなりのものだ。

だから帰宅の時間はほとんど日が沈んだ頃。

「(今日も疲れたな…。早くお風呂に入って宿題して寝よ)」

あわよくば兄さんに教えてもらおうか。なんて考えながら歩を進める。

「あれ、兄さん…?」

ようやく家が見えたと同時、家より少し手前にそれはよく見知った後姿が見えた。
薄暗い中でも分かる赤い髪と、脚を覆い隠すような長ラン。
この二つが揃っている人物などそうそういないと思う。少なくともわたしは兄さん以外知らない。

まぁ、別に家の近くに兄さんがいること自体はなんら問題ないのだ。
しかしわたしはその後ろ姿を見た時、思わず足を止めてしまった。
早く家に帰ってお風呂に入りたいのに、だ。

兄さんは一人ではなかった。
正直兄さんの交友関係とか全く知らないのだけれど、一緒にいる相手は妙に長身の男。
長身のうえにかなりガタイがいい。
兄さんが小さく見えてしまうほどの体格だ。

まぁ、この際それもいいとしよう。
問題は、その長身の男が何処からどう見ても不良のそれなのだ。

「(絡まれている…絡まれていらっしゃる…!)」

わたしは兄さんと殴り合いの喧嘩なんてしたことがないから、兄さんの腕っぷしが如何ほどか知らない。

けれど、目の前で絡まれている人がいるのなら、それはわたしの性格上放ってなどおけない。
それが身内なら尚更だ。

相手はかなり強そうな奴だから、真っ向勝負では勝ち目はないだろう。
些か気は引けるが、一度後ろへ回り込もう。
思い立ったがなんとやら、わたしは細い横道に入り、ぐるりと迂回。
元の道に飛び出す前に、屈伸を三回。

「行くぞ!」

男の背後目掛け、スタートから全速力で足を動かす。

「おおおおりゃぁッ!」

練習あがりでかなり疲れてはいるけれど、それでも全速力からの飛び蹴りは結構な威力があると自負している。
スパッツ穿いてて良かった。

「!?」

「なまえ?!」

男が振り返り、兄さんも驚いた顔をしている。
今のうちに早く逃げて兄さん!

しかし、残念ながらわたしの渾身の一撃はその男に届くことはなかった。
何かに当たったような感触はあったけれど、それは男の背中ではない。
ありのまま起きたことを言葉にするのなら、謎の力に弾かれた、とでも言おうか。

なんだか分からないが、わたしは先制攻撃が失敗したことに思わず舌を打ち鳴らす。

「ちょ、何してるんだなまえ!?」

「知り合いか、花京院?」

「あ、ああ。僕の妹だ。承太郎には前話したよな」

兄さんってばなに悠長にわたしの正体をバラしているんだ!
これじゃあ兄妹ともどもかもられ…んん?

「…じょうたろう?」

「なまえ、前に話した承太郎だ。いったい何だっていきなり飛びかかったりなんかしてるんだ」

一発飛び蹴りかましてダッシュエスケープする計画が初っ端から叩き折られ焦るわたしに、それは訝しそうな表情で問いかける兄さん。
わたしは兄さんの言葉を脳内で噛み砕くと、瞬間さあっと血の気が引いていくのを感じた。

「じょ、承太郎…さん!?」

「ああ、空条 承太郎だ」

「―――っ!すみません!兄さんが絡まれているのかと思っ…いえ、本当に失礼なことをしてしまって…!」

頭の中が真っ白になって、とにかくわたしはひたすらに謝って頭を下げ続けた。
さっきとは別の意味でパニくっている。
もう正直自分がなにを言っているのかすらよくわからない。

「ちぃっとばかし驚いたが、実質何事もなかったんだ。問題ねえ」

「…っ!」

この人、怒らないんだ…。
何故か直撃しなかったとはいえ、後ろから飛び蹴りされそうになったんだ。
怒るのが普通だろう。
一発や二発殴られたって文句は言えないと覚悟していた。

なのにこの人は、承太郎さんは、無表情に近いけれど僅かに口角を上げて「気にするな」と言ってくれる。

だいぶ暗くなっているうえに学生帽を被っていてその顔はよく見えないけれど、前に兄さんの言っていたことが少しだけ分かった気がした。

この人のモテる理由が。

「ありがとうございます。本当に、すみませんでした。…あの、」

「なんだ」

「兄さんのこと、これからもよろしくお願いします」

もう一度、深く深く頭を下げる。

居心地悪そうな、照れ臭そうな表情の兄さんがちょっとだけ見えた。

「ああ、こちらこそ」



end




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