おはよう、助かった


天気は快晴。朝ということもあって日差しは強くもないし、時折吹く風も心地良い。

部活の朝練がない今日、いつもより一時間以上も遅く家を出た。
兄さんは日直だからとわたしより先に出て行ったから、いつもどおり一人の登校。

けれど一時間以上も家を出るのが遅いとなると、歩く街並みも少し違う。

いつもすれ違うランニング中のおじさんがいなかったり、いつもは閉まっているシャッターが開いていたり。
わたしと同じように登校する学生の姿も結構見える。

別に好きでやっている部活だし、今さら嫌になることもないけれど、やっぱりこんな風にゆっくりした登校ができるのはいいなぁ。なんて思ってしまう。

「きゃーっ、JOJO−!」

「…んん?」

どうせなら遅刻しない程度にゆっくり歩いて行こうとあちこち見回しながら歩を進めていたわたしの耳に、女の子の黄色い声が届いた。

何人かの女の子たちが口々に『JOJO』という名前?を連呼しているのは…どうやらわたしが今居る石段の下から聞こえてくるらしい。

わたしの通う学校は、この石段を下りずに逆側へ進んだ先にある。

だから石段の下に行ってしまうとかなり遠回りになってしまうんだけれど…。

「(これだけの騒ぎ…気になるよね)」

きゃあきゃあとこれだけ騒がれている『JOJO』という人物。一体どんな人物なのか気になってしまうのは仕方ないことだと思うのだ。

タレントさんか何かだろうか?

普段この時間帯の光景を知らないわたしは、ただただ興味本位で目の前の長い石段を下りていく。

一目見て、それから元来た道を戻ってもいいし、まだ時間に余裕があるから遠回りしてみるのも楽しそうだ。

軽快な足取りで到着した石段の終わり。
黄色い声の方向へ目を向け、わたしは驚いた。

「(あれは…承太郎さん…?!)」

視線の先には、同じ制服に身を包んだ女学生たち。
声から察してはいたけれど、一人や二人ではない。
むしろ一桁違う。

その中心に、頭一つ分どころか見るからに飛び抜けている人物。
おかげで、この人だかりの中でもその横顔をはっきりと視認することができた。

あれは間違いなく、先日わたしが失礼ぶっこいてしまった兄さんの親友…空条 承太郎さんだ。

「モテるとは聞いていたけども…」

思わず声が漏れてしまう。
だって、こんな風に女子に囲まれる男子。なんて…ドラマや漫画の中の過剰演出でしか見たことがない。

これは凄いものを見た。

本当にこういう人、いるんだなぁ。と感心していたわたしだったけれど、一つ…違和感があった。

それは、承太郎さんの表情。

ちっとも嬉しそうじゃあない。

わたしの位置からはギリギリ横顔が見える程度だけれど、その顔は無表情…どころか、苛立っているようにさえ見える。…かなり。

「(もしかしてあれ…不本意、だったりするのかな…)」

もしそうなら、あの状況から抜け出す手助けをする算段はある。

でも、この間はわたしの早とちりで行動して、迷惑をかけてしまったし…。

「鬱陶しいッ!」

「…!」

うーん、どうしようか。少しずつ離れていく承太郎さんたちを見やりながら考えていると、それはそれは不機嫌100%の怒声が響き渡った。

それでも女生徒たちは引かない。

「…よし」

やっぱりというか、なんというか。
わたしはこういう性格なのだ。

お節介だろうがなんだろうが、目の前で困っている人が居たらどうにかしたい。

そう、それが身内の親友なら…尚更っ!

周りの人の目が少々気になるけれど、その場で屈伸を三回。
足首と手首を数回ぶらぶら。

少し離れてしまったその人だかりに速足で近づいて、深呼吸。

そして、

「承太郎さん!!」

大声で、名前を叫ぶ。

「お前は、…っ…!」

「え、ジョ、JOJOっ!?」

当然、叫んだわたしの方を振り返るのは承太郎さんだけじゃあない。

その場にいる全員。

でも、わたしのことを知っているのは承太郎さんだけだ。
それでいい。そうでないと意味がない。

振り向いた先にいたわたし…違う学校の制服を着た、見ず知らずの女子。

彼女たちがそんな存在に疑問符を浮かべている隙に、わたしはスタートダッシュ。
驚いている承太郎さんの手を掴んで、走る。

びっくりの二段構え。
これで陸上部のわたしと脚の長い承太郎さんのダッシュに追い付ける女子がいたら、陸上界ではかなりの脅威だ。

暫く走って、角を曲がった直後に横道へ。

少しの間を置いて何人もの走る足音と、『JOJO』を探す声が通り過ぎていく。

「ふぅ…、行ったみたいですね」

「…お前、なまえだったか…何してんだ、こんなトコで」

「あ、ええと、おはようございます。すみません、突然」

「まったくだ。流石のおれもビビったぜ」

「あはは…すみません。お困りのようだったので、つい…」

「…まぁ、それに関しちゃ助かった。ありがとうよ」

「…っ!」

被っていた学帽の鍔を下げて、少し楽しそうに笑った承太郎さん。

わたしはこの時、初めて承太郎さんの顔を見た。…ちゃんと、正面から。

初めて会った時は、もう辺りが暗くてよく見えなかったし、さっきも遠目に横顔が見えただけだった。

けれど、今。
わたしの正面の、見上げた先に…。

「(…きれいな、かおだなぁ…)」

「ところで、お前時間は大丈夫なのか?」

「…え、あっ!この道遠回りだから…ちょっとヤバいです」

「だろうな」

「じゃ、じゃあわたし、ちょっとダッシュで学校行きますんで!これで失礼しますっ!」

言いながら既に足踏みを開始して、ぺこりと承太郎さんに一礼。

承太郎さんの「気ィつけろよ」って言葉を背中に受けつつ、返事と同時に駆け出した。

結局、わたしは今日も朝から全力疾走。

胸の鼓動が早いのは、走り始めた後か前か。
そんなことを考える余裕なんて、わたしにはない。



end




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