選択の決意


『わたしを殺して』

そう言ったのは、決して自暴自棄になっているからじゃあない。

むしろ、これは決意だ。

わたしがわたしであるうちに、終わらせるべきだと。そう、思った。

「なまえ…」

当たり前と言えば当たり前の反応だと思うけれど、花京院は驚いた表情をしている。
でも、さっきみたいにハイエロファントでわたしを拘束しないのは、わたしが正気であるうえで言っているのだということが、多分、伝わっているからだろう。

「化け物になったわたしが、わたしという皮を被った化け物になる前に…殺して欲しい」

真っ直ぐ、彼の瞳を見つめる。

彼もまた、わたしの目をじっと見返し、少し震えた声で言葉を返してくれた。

「キミが眠っている間に、承太郎とジョースターさんを呼んだんだ。ポルナレフも、じき戻ってくるだろう。だから、なまえ…。キミが僕を殺したなら、きっとキミの願いは叶うだろう」

「なに…言って、わたしが花京院を殺せるわけがない!」

「僕だって!」

花京院の、喉が裂けそうな叫び声が室内に響く。

彼のこんな声を聞いたのは…初めてだ。

思わず、息を呑む。

「僕だって、なまえを殺せるわけがないじゃないか…!!」

「…っ!」

わたしの両肩を掴む花京院は、ぼろぼろと涙を流していた。

彼にそんな辛そうな表情をさせているのは、他ならぬわたし。

胸の奥が、締め付けられるように苦しくなる。

「…ごめん、なまえ…」

「花京院、」

「勝手なエゴで、キミをこんなにも苦しめている。…でも僕は、キミを失いたくないんだ」

「…でも、もうわたしは、」


カチッ


聞き慣れた、ロックの外れる音がわたしの言葉を遮った。

「承太郎、ジョースターさん…ポルナレフ」

わたしの大切で大好きな仲間が、そこにいた。

わたしを見下ろす彼らの目は、軽蔑や憎悪の色を含んではいなかった。
わたしの知っている、いつもの彼ら。

それでもやはり空気は重い。
一瞬の、沈黙。

「…花京院から話は聞いた。ポルナレフの血を吸ったそうじゃな」

「ジョースターさん!」

重々しく口を開いたのはジョースターさんだった。
やはり頼りになる優しい人だな、なんて、何処か余所事のように思う。

首元にガーゼを貼り付けたポルナレフがジョースターさんの言葉を止めようとするけれど、わたしは敢えてそれを無視し、頷いてみせる。

「はい。あの時、わたしはほとんど無意識で、ポルナレフに噛みついていました。…この意味を、分かっているつもりです」

「なまえ…」

「ごめんね、ポルナレフ。傷は平気?」

「あ、ああ…。大したことないぜ」

「…よかった」

ポルナレフは、きっと心配してくれているんだろう。
わたしが傷つかないか。壊れてしまわないか。

実際、目が覚めたばかりのわたしは、半ば壊れかけていた。
彼の血を口に含んだあの時の、得も言われぬ悦びを覚えていたから。
でも、そんな自分が恐ろしいと感じたその瞬間、まだ自分の中に抗える意志があることを知った。
自分が化け物になったのだということを認識できる、正常な意識が。

だからこそ、今、わたしは落ち着きを取り戻せたのだ。

「なまえ、どうやらお前はまだ正気のようだな」

「うん。大丈夫だよ、承太郎。今のわたしは、“みょうじ なまえ”だから」

「そうか」

血に狂う化け物じゃあない。

言外に含んだ想いも、どうやら承太郎には伝わったらしい。

彼は帽子の鍔を一度下げ、もう一度わたしを真っ直ぐに見つめ、口を開いた。

「なら、お前に選択権がある。…死ぬか、生きるかの選択だ」

「っ承太郎!」

承太郎の言葉に目を見開いたのは、花京院だけではなかった。
ポルナレフも、息を呑んだのが分かった。

花京院が制止の声をあげるのにも構わず、承太郎は淡々と続けた。

「お前がDIOに血を入れられた時、おれたちは勝手にお前の生を選択した。お前は今、どうしたい」

「…わたしは、」

僅かに震える声を落ち着かせたくて、わたしは一旦言葉を切る。

きっと、わたしが『生きたい』と言えば、彼らは何かしらの方法を一緒に考えてくれるのだろう。

決して迷っているわけじゃあない。

ただ、この優しい人たちとの別れを望む言葉を言わなければならないと思うと、息が詰まってしまう。

目を閉じ、深く息を吸う。

「わたしは、わたしが残っているうちに、この身体を終わらせる」

みんなの顔を見て、はっきりと告げる。

わたしの『選択』を。



end




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