露伴くんを待つ間に絵を描く
露伴くんは時間にうるさい。
…いや、正確といっておこう。別の意味でうるさそうだし。
何かを煮たり茹でたりする時だってパッケージどおりにキッチンタイマーでキッチリ時間を計るし、待ち合わせ時間に遅れることもそうそうない。
「約束をしているのに人を待たせるのは失礼だからな」と、普通の顔で普通に正論を言う程度にはキッチリしている。
むしろ辺りのスケッチがてら早く来ていることもあるくらいだ。
でも、そんな彼が時間にルーズになる条件がある。
それは、何処か外での待ち合わせではなく、彼の家へ訪れる時だ。
当然予め「この日の何時に行くからね」とは伝えているが、外出する身支度が不要だからだろう。
ギリギリまで仕事をして、なんだったら筆がのってしまって、文字どおり『時間を忘れる』ことがある。
そういう時には玄関で一声かけても返事がないので、勝手に家へ上がらせていただく。
ちょっと前はあたふたしたり、いろいろ心配したりもしていたけれど、今となってはよくあること。日常茶飯事、といってもいいくらいだ。
まぁつまり、長い前振りでお分かりかとは思いますけれど、今がまさに、その条件の時なのです。
「お邪魔しまーす」
返事がないのは百も承知で挨拶をして玄関をくぐる。
そのままリビングへ行き座り心地の良いソファへ腰掛けたら、鞄の中からスケッチブックと鉛筆、それから『ピンクダークの少年』の単行本を取り出して、テーブルに並べる。
最近のわたしの趣味は、絵を描くこと。
デザインとか、イラストレーターとか。そういう専門的なことがしたいわけじゃあない。
完全に、ただの趣味。
膝を立てた脚にスケッチブックを乗せ、単行本をペラペラ。
「…お、こういう構図かっこいいなぁ」
いいな、と思ったコマのキャラクターを眺める。
描かれる、一本一本の線の流れ。各部位のバランス。
「よし」
単行本から鉛筆に持ち替えて、スケッチブックの真っ白なページに少しずつ線を走らせていく。
動きのある絵は難しい。
ふと客観的に見た時に、バランスが崩壊しているなんてことはよくある。
…関節があり得ない角度してたりとか。
「ふんふーん♪」
「ほう。だいぶ上達したじゃあないか、なまえ」
「わぁっ!?…び、っくりした…!」
「キミなぁ…ここはぼくん
家なんだぜ。逆に、それだけ驚かれたことに驚くよ」
どんどん増えていく線がカタチになってきて、さて次はここをこうしようか、どうしようかと楽しく鼻歌なんか歌っていたら、突然背後から声が聞こえた。
声の主である露伴くんは見るからに呆れ顔だけれど、そりゃあびっくりもするよ。だって、完全に自分の世界だったんだもの。
「しかし、最初にはがきを送ってきた時は頑張って模写しました、といった感じだったのが、だいぶ自分の絵柄になってきているじゃあないか」
「えっ、は、はがき…?!」
「毎月送ってきてるだろ。絵だけならともかく、筆跡を見ればピンとくるさ」
まさか。と思ったけれど、これはバレている。完全に。ブラフなどではなく、彼は確信している。
一瞬血の気が引き、その後すぐに全身が熱くなる。まるで心臓が耳の奥で鳴っているような感覚だ。
絶対バレないと思っていたのに…。ていうか、ふつう筆跡とかわからないでしょ。
どんだけ特徴あるの、わたしの筆跡…っ!
「おい、なにを固まっているんだよ。…まさか、バレてないと思ってたのか?」
「そ…っ、そりゃあ、バレるなんて思ってなかったよ…!ていうか、そもそも露伴くんがはがきを見てるなんて思ってなかったし…」
「はぁ?単行本の巻末にコメントして載せてるだろ」
「ああいうのは、その…編集さんが見てコメント書いてるもんだと思ってた…」
「…はぁ〜…、例えコメントを書いているのが編集だったとしても、ぼく宛てに来た手紙やはがきは必ず渡されるるんだから、バレないわけがないだろ」
いや、ふつうバレないと思うけど…。差し出し住所も書いてないし、名前だって偽名…ペンネーム?だし…。
「こっちは結構楽しみにしてるんだぜ。なまえは書面の方が素直だからな」
「…〜っ、なんか…ゴメンナサイ…」
恥ずかしいやら恥ずかしいやら恥ずかしいやら…あと申し訳ないやら。
暫くは立てた膝から顔を上げることができなかった。
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