露伴先生は気に入らない


『先生』と呼ばれるのは慣れている。
年下のくせして時々呼び捨てにしてくるクソッタレもいるが、顔見知り以上の人間はたいていぼくのことを『先生』、あるいは『露伴先生』と呼ぶ。

だが…。

「いい加減、その『先生』っていうのやめてくれないか」

「えっ」

近すぎるほど目の前にあるなまえの顔は、恋人とのキスを交わした直後とは思えないくらい間抜けな表情を浮かべている。

「キミの甘ったるい声でそう呼ばれるのは正直悪い気分じゃあない…が、ぼくにも背徳感ってものがある」

「あ、甘ったるい…」

今しがた自分が出した声を思い返したのか、なまえは顔を一気に赤一色に染めて俯いてしまった。

こういう状況でそういう仕草は男を煽るだけだということをもし彼女が分かってやっていたとしたら、こいつは小悪魔なんてかわいいもんじゃあない。
出会った時から今まで、ぼくはずっと騙されていたことになる。
完全なるペテン師だ。

「なぁ、なまえ。ぼくだって一人の人間なんだぜ。たまには『先生』を休んだって罰はあたらないだろう?」

「っ!?」

なまえの耳に息を吹きかけるようにして言ってやる。
耳が弱いのか、ぼくの声のせいなのかは分からないが、こうしてやるとなまえは面白いくらいに身体を強ばらせるのだ。

「わかった!…分かったから、ちょっと、離れて…っ」

「今ここで放したら曖昧にされるかもしれないじゃあないか。まずはなまえがぼくの要求を飲んでくれよ」

「〜っ、」

最初は引き寄せる程度の力しか入れていなかったが、腕の力を強めたことでなまえは観念したようで。
少し唸るだけでそれ以上抵抗することはなかった。


「あー…う〜…、…ろ、露伴、さん…」

「ふっ、…っくくく…ッ」

「ちょ、なんで笑うの!?」

「だってキミ…なんで『さん』なんだよ。いつもそんな礼儀正しいわけでもないくせに…ははははっ!」

「ひ、人がせっかく頑張ったのに…っ!」

「いやぁ、すまなかった。あまりに意外で、つい」

「意外だとせんせは爆笑するんですか。そーですか」

「拗ねるなよ、悪かったって。…あと、また戻ってるぞ」

「え?」

「『先生』は禁止だって言っただろ」

「…禁止だなんて言われてないと思うんだけど」

「まぁ少しずつでいいさ。期待しているよ、なまえ」

ぼくの言葉にYesもNoも返事はなかったけど、きっと彼女はこれからもぼくのことを呼ぶ度に考え、葛藤するのだろう。

なまえに直接書き込んでしまえば万事解決だが、それじゃあ面白くない。

ぼくは本当に、純粋に。なまえとのやりとりの一つ一つが楽しくて、愛おしくて堪らないんだから。




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