◇5部本編前。死ネタ。 玄関の鍵がガチャリと音を立て、扉が開く。 「なまえ、久しぶりになってしまってすまない」 ブチャラティは申し訳なさそうに少し笑ってそう言った。 あなたが何かと忙しい身なのは知っているから、謝ることなんか全然ないのに。 数日前にハウスクリーニングがきたばかりのきれいな部屋を、彼はぐるりと見渡した。 さっと見渡しただけだけれど、その瞳には注意深く物事を観察するような鋭さがある。 なにも変わったことなんかないよ。そう伝えても、きっとブチャラティは同じ行動をするのだろう。 それはわたしを信用していないということじゃあなくて、ただ心配してくれてるんだって分かっているから、まぁ、別にいいんだけど。 「暫く来られなかったからな、キミに渡したいものが沢山になってしまった」 特に問題なしと判断してくれたようで、ブチャラティは部屋の奥まで来て腰を下ろした。 大きな紙袋を持っているなぁ、とは思っていたけれど、まったく呆れた人だ。 あれやこれやと本当に色々なものが出てくる。 風景の写真だったり、本だったり。わたしが好きそうなキャンドルや、アクセサリーなんかもある。 あなた、この辺じゃあ有名人なんだから、噂になっちゃうんじゃないの? 今やチームのリーダーなんでしょ。ハウスクリーニングの人が言ってた。 …いつまでも、わたしのことなんか気に掛けてくれなくたっていいんだよ。 寂しいけどさ、でも覚えててくれるだけでも充分だから。 「もういいんだよ」 いくら伝えたくても、もうあなたには聞こえない。 他の、誰にも伝わらない。 わたしの写真の周りに色々なものを並べてくれている背中をただ見ているのがひどく辛い。 わたしの部屋をそのまま維持し続けることで、彼の時が止まってしまっているように感じる。 …そして、わたしも。 ああ、最期の最期に、「ブチャラティに好きだって伝えておけばよかったなぁ」なんて。 もし、そんなことを思ったせいだったとしたら…これはなんて残酷な“地獄”だろう。 |