花京院くんが生きている証


◇3部本編後の生存院。シリアス。


「もうすぐ退院だね」

見舞いの花を花瓶に生けながら、なまえはベッドの上に座る花京院へと笑顔を向ける。

「ああ。本当に長かったけれど、ついに退院まで来た、って感じです」

花京院は少々やつれたように見えるが、それでも数か月前よりかは随分と顔色がいい。

SPW財団が誇る最新の医療と、彼自身が持つ生命力。そして、なまえの持つ幽波紋の能力。
そのどれか一つでも欠けていたのなら、彼の命はあの決戦の地で費えていたことだろう。

「退院前に、この伸びきった髪をなんとかしなくっちゃな」

「切っちゃうの?」

「だって、みっともないじゃあないですか」

「そっか。わたしは花京院くんの髪、すごく好きだから…ちょっと勿体ないなって」

ベッド脇の椅子に腰かけ、すっ、と彼の髪を撫でる。
少し癖のある髪は、しかしさらさらとした滑らかな指通りでなまえの指の間を滑っていく。

「わたしね、お見舞いに来る度に少しずつ伸びている髪を見て、すごく安心してたんだよ」

「髪を見て…?」

「そう。今でこそこうして触れることができるけれど、集中治療室には入れてもらえないからさ。ガラス越しにしか見ることができなかったんだよ」

白い白い空間に、白く血の気の引いた花京院の横たわる姿。
色々な機械が色々な数字を表示していても、それは知識のない者にはなんの意味もない。

たった一枚のガラス。けれどそれは彼を守り、生かすための壁。
それが分かっているからこそ、よりもどかしい気持ちばかりが募っていった。

「だから、目に見える確実なもので、花京院くんが生きてるんだって信じる事しかできなかった」

「…なるほど。それで髪、なんですね」

「うん。…ふふっ、単純だよね」

「確かに、単純ですね。…でも、その時はそれしかなかった」

髪を撫で梳くなまえの手を、そっと包むように握る。
なまえの手に、直接花京院の体温が。花京院の手に、直接なまえの体温が。
それぞれの生きている温度が、重なり合って混じり合う。

「今は、こっちの方が確実じゃあないですか?」

何処か悪戯っぽく笑う彼の声は、宥めるような、安心させるような、とても柔らかいもの。

「…ん」

小さく頷くなまえの頬を、涙が伝う。

彼の生きているという確固たる証が、じんわりとなまえの手から心に染みていく。

生きてくれてありがとう。

それはなまえだけでなく、あの旅で生き残った彼らも同じ気持ちだろう。

しかし、視界の端、これから一生手放すことはできない車椅子が、彼女に残酷な現実を物語っていた。



end




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