承太郎と純潔彼女


◇3部本編後。高校卒業前くらい。


おれとなまえが所謂恋仲になってから早一年近くが経つ。

まったく違う大学ではあるが揃って進学が決まり、今日は「お祝いをしよう!」となまえが家にやって来た。

「なんだか、こうやって承太郎とゆっくりするの久しぶりだぁ」

「お前が暫く会わねえとか言ったんだろう」

「だ、だって会ったら甘えたく、なっちゃうんだもん…」

「…」

両膝を立てて座るなまえが脚の間に挟んで抱きしめるイルカ型抱き枕。
それはなまえからおれへの祝い品だったはずだが、今は持参者がその青い布地に赤い頬を埋めている。

心底惚れた女が自分の部屋に居て、まるで誘い文句のような言葉を言いながら抱き枕を抱いているという状況。

なまえの言うとおり、こんな風に休日を過ごすのは久し振りで、おれは柄にもなく少々浮かれていた。

ただでさえこいつのこととなると平静を保つのがやっとだってのに、この状況におれは正直プッツンしそうだ。

当然、理性的な意味で。

しかしむしろおれはよく耐えている方だと思う。

何故ならおれは、まだそういう意味でなまえに手を出していない。

手を繋ぐ程度のスキンシップでさえ未だ慣れない様子のなまえ。
唇に触れるだけのキスは何度もしているが、深いものは数える程度しかしていない。

キスからそのまま雪崩れ込んでしまおうかと考えたこともあったが、これに関してはなまえに合わせてゆっくりと進んでいければいいと考えていた。

そんなこんなで約一年。

いい加減、限界だ。

「なまえ…」

「っ!じょうたろ…?」

枕を抱えるなまえを後ろから抱き、わざとらしく耳元で囁く。
びくりと身体を震わせ、こちらを見上げるなまえ。
驚いたような、少々不安そうな表情をしているが、身体を離されないということは嫌ではないらしい。

「お前を抱きてえ…駄目か?」

「え、え…っ」

まぁ、予想どおりの反応だ。
おれの想像では、恐らく今日は無理だろう。
心の準備ができないからまた日を改めて、とか言われるんだろう。

「い、いいよ…」

「…は、」

やっぱりな。予想どおりの…、

いや。いや待て。

いい?いいと言ったのか今?

おれは予想外の言葉に耳を疑った。
都合のいい幻聴じゃねえかとも思った。

ハトが豆鉄砲をくらったような、なんていう諺があるが、成程こういう時に使うのか。

驚きで力が緩んだのだろう。
おれの腕からなまえがするりと抜けだした。

そしておれの正面へと体勢を変え、「はいっ!」と真っ赤な顔で両手を広げる。

「…ん?」

「どうしたの?」

首を傾げるおれ。と、なまえ。
そして沈黙。

おいおい、まさか…。

「なまえ、“抱く”を別の言い方にするとなんだ?」

「え?抱きしめる…?」

両手を広げたままおれの質問に答えるなまえの表情はとても不思議そうで、誤魔化そうとしているだとかはぐらかそうとしているだとか、そういった様子は一切見られない。
むしろなまえは今、何言ってんだこいつ、くらいに思っているに違いない。

「おれの言ってる“抱く”はそれじゃあねえ」

「ええっ?!違うの?うわ、恥ずかしい…」

両手を胸の前まで引っ込め、「今の、忘れてっ」なんて赤面するなまえ。

思った以上に純潔だったなまえに、しかしこのままでは一向に進展しないことを悟ったおれは、もっと端的な。直接的な言葉で伝える。

…正直、なまえを汚す気分だ。何故か罪悪感すら感じる。

「お前とセックスがしてえっつってんだ」

「せっ…!?な、な…っ」

「駄目か?」

「ダメだよっ!」

「…」

湯気が出るんじゃあねえかと思う程顔から耳から赤くしたなまえのきっぱりとした否定。
今、流石のおれも傷ついた。

まさか、此処まではっきり駄目だと言われるとは思っていなかった。

割りと大きいダメージを受けているおれを余所に、なまえは恥ずかしそうに瞼を伏せながら続けた。

「そういうのは結婚、してからじゃないと…ダメだよ」

「…結婚、すりゃあいいのか」

「そ、そりゃあ…夫婦になったらする、でしょ?」

「…分かった」

「うん?」

拒絶されたわけではなかったことへの安心と、条件という名のお墨付きをもらったおれは、一度深く息を吐き、覚悟を決める。

具体的にいつだとかそんなことは考えちゃいねえが、近い内。

「今はこっちで我慢しとくぜ。…今はな」

「ん…」

腕を伸ばし、今度は正面からなまえを抱きしめる。
そして耳元で宣言してやる。

「おれは必ずお前を“抱く”からな。覚悟しとけよ」

先ほど同様に身体を震わせるあたりを見ると、どうやらなまえは耳が弱いらしい。
これはいいデータだ。こんな風に少しずつ情報収集するのもいいかもしれないな。

以前なまえに学者気質だと言われたことがあるが、こういうところを言っていたんだろうか。

「承太郎のえっち…」

恐らく睨んでいるつもりなのだろう。若干涙目で言うなまえに、果たして本当におれの理性はそれまでもつのだろうかと…一抹の不安を抱かずにはいられない。



end




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