スターダスト・メモリーズ2


「…つまり、別世界のボクは女の子で、キミたちと一緒に旅をしていた…と」

「ああ…そのとおりだぜ」

みょうじは呑気にパックの牛乳を啜りながら、特に笑うでも困惑するでもない様子で冷静にそうまとめた。

転校初日の昼休みに、同じクラスでもないおれと花京院に呼びつけられた割りには飄々ひょうひょうとしていたし、その後人気のない非常階段に連れて来られ、挙句みょうじからしたら訳の分からねえ話を聞かされてのこの態度。
危機感がねえのか、かなりの大物か…。なんてのをおれが言うのもなんだが。

「悪いけど、今の話を聞いてもボクには思い当たる記憶がない、っていうか、ピンとこないなぁ」

「…そうか。残念だけれど仕方ないよな…こっちこそすまなかった。キミからしたら僕らは初対面なのに、変な話をしてしまって。…今日のことは忘れてくれ」

「いや、別に構わないよ。わざわざなかったことにする必要もないさ」

「え…」

みょうじは焼きそばパンを頬張りながら、何でもないことのように続ける。
おれと花京院はメシどころじゃあなくて、ほとんど箸を動かしてねえってのに、こいつは随分とマイペースな奴だ。

「そりゃあ、例えばこっちのボクが女の子で、突然男から声かけられたらビビるんだろうけどさ。カツアゲ以外で男のボクに声かけるメリットなんかないだろ?」

「極端だな、キミは…」

「え、そうか?…まぁとにかくだ。キミらがボクを…いや、キミたちの知る“みょうじ”を大切に想ってくれているのはよく分かった。何も悪いことなんかない」

そういう問題じゃねえだろ。
恐らく、そう思ったのはおれだけじゃねえはずだ。

花京院も何か言いたげな表情を浮かべ、それでもやはりそれを自分たちが言うことはあまりに矛盾していると思い至ったのだろう。
おれたちは何も言えず、ただ目の前にいるみょうじの言葉を聞くことしかできない。

「その“みょうじ”は、きっとそこそこ幸せだったんじゃあないのかな。だからボクには記憶がない。って、ボクはそう思いたい」

「…お前は、」

「ん?」

「お前は今…幸せか?…みょうじ」

おれがこっちで“みょうじ”を探していたのは、あいつが今この世界で幸せに生きているのか。それが知りたかったからだ。
それは、おれたちのように“記憶”があり、その所為で怯え、悩んでいるかもしれないと思っていたから。
一人ではないのだと、そう教えてやりたかったから。

ずっと、そう思ってきた。

だが、実際に逢ってみりゃあなんてことはねえ。
あいつは何一つ知らず、全く違う人生を歩んでいる。

それならそれでいいじゃねえか。
おれたちとは無縁でも、幸せに生きているのなら…−。

「そうだな…。フツーに学校に通えて、家があって、家族がいる。あとは、転校したてのボクに友達ができれば、充分幸せだよ」

歯を見せて笑うみょうじは、まるで悪ガキのようで。
おれたちの知らない表情カオだ。

「そうだ。…ええと、空条と花京院、だったよな。これ、やるよ」

飲み干した牛乳のパックをガサガサとビニール袋に突っ込む代わりに取り出されたのは、グレープ味の飴。
それを投げるように寄越したみょうじもまた、すぐに飴の袋を開いてそれを口に放り込んだ。

「これからよろしくな!」

そういや、あいつもよく飴を食ってたっけな。
一瞬脳裏に過った言葉を呑み込み、おれたちは差し出されたみょうじの手を握り返した。



end




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