承太郎と海の日を過ごす
「承太郎承太郎、明日は海の日だよ!海開きもしてるし、わたしも海行きたーいっ!」
「分かったから引っ付くな、暑苦しい」
「むっ暑苦しいとはひどいなぁ。ま、わたしも暑いけど」
昨日そんな会話をして、いよいよ今日は海の日当日。
承太郎にとっては久し振りでもなんでもないだろうけれど、わたしにとってはとっても久し振りの海へやって来ました。
お天気は雲一つない快晴で、時折帽子を揺らす潮風が気持ちいい。
承太郎はいつもどおりの黒いシャツに白いコート、白いズボンに白い帽子というなんとも場違いな恰好をしている。
暑くないのかな。せめてその上着だけでも脱げばいいのに。
でもどうせすぐ水着になるんだからまぁいいか。そう思って口に出すことはやめた。
「多分承太郎の方が早いだろうから、更衣室の前で待っててね。きれーなお姉さんに声かけられても着いてっちゃダメだからね!」
承太郎は「分かったからさっさと行って来い」なんて気のない返事をしてくるけれど、ただでさえ声かけられるのに夏の海岸で一人で立ってたら絶対声かけられちゃうに決まっている。
本人にその気がないのは重々分かっているけれど、恋人としては複雑な気持ちになることを分かってもらいたい。
とにかくわたしも早く着替えようと、更衣室に入ってプール用のバッグから水着を取り出す。
実はこれ、おニューなのだ。
更に実を言うと、初めてのスクール水着以外の水着だったりする。
授業以外でプールや海に行く機会がなかったから、今まではずっとスクール水着しか持っていなかった。
そんなわけで新調したこの水着。
承太郎の隣に並ぶことを考えると、もうちょっと頑張ってセクシー路線に挑戦した方がよかったかな。とか、変じゃないかな。とか。
色んな意味でドキドキする。
日焼け止めを塗り荷物をロッカーに預けて、貴重品とタオルだけを持って出口へと急ぐ。
承太郎、どんな反応するだろう。
期待と不安を抱えて承太郎のところへ向かった。
更衣室を出てすぐ、同じように待ち合わせをする人たちが多い中で承太郎はすぐに見つけられた。
けれどそれは彼が高身長だから、というだけではない。
「…なんでキミは別れた時と同じ格好なの。着衣水泳するつもりなの」
いつもと別の意味で視線を集めている承太郎は、水着どころかなに一つ脱いですらいなかった。
場違いな完全着衣。
どういうことなのさ。
じっとりと無言で説明要求をするわたしに対して、承太郎はわたしをじっと見つめたかと思うと、
「おれは泳ぐなんて言った覚えはねぇぜ」
だって。
確かに言ってない。言ってないけれど。
そうか、承太郎はわたしが行きたいって言ったから連れて来てくれただけなんだ。
そうだよね。承太郎にとってはある意味職場みたいなところだし、こんな人が多いところ承太郎は仕方なく来てくれたんだ。
なんだか、わたしばっかり浮かれてバカみたいじゃないか。
「…ごめん、服に戻して来るよ」
「あ?なんでわざわざ戻すんだ。似合ってんだからいいだろう」
「えっ、ほ、ほんと?」
「おれがお前に世辞言うと思うか?」
「そっか…えへへ、じゃあもうちょっとこのままでいよっかな…」
わたしってチョロい。
沈んだ気持ちが承太郎のたった一言でこんなにも浮上する。
ゲンキンな奴だなって思うけれど、でも素直に嬉しかったんだから仕方ない。
それからわたしたちは、人ごみに紛れて砂浜を歩くのは些か目立つので、海星捜索に励んだ。
岩場を承太郎が。その近くの浅瀬をわたしが見て回る。
変なデートって思うけれど、それでも悪くないと思ってしまうのは、きっと惚れた弱みというやつなんだろう。
「あれ、承太郎さん?と、なまえさんも」
暫く承太郎と一緒にほのぼのと海星を探したりちょっと海水に浸ってみたりしていると、不意に自分たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。
声は最近聞き慣れたもので、振り返るとそこには思い描いたとおりの人物とその友人たちがこちらに向かって手を振っていた。
「仗助くん!康一くんと億泰くんも!」
水着の男の子三人にわたしも海から上がって手を振り、挨拶を交わす。
「今日は由花子ちゃんいないの?」
「今日は男水入らずっスよ〜」
「そっか。男の子だけの付き合いも大事だもんね」
仗助くんはいつもの髪型に水着という、それはそれでちょっと目立つ格好だけれど、相変わらず屈託ない笑顔はキラキラしていて太陽みたいだと思う。
承太郎とはまた違ったイケメンさんだ。
そんな高校生組と談笑していると、突然承太郎が自分の着ていた上着をわたしに被せてきた。
「わぶっ!?ちょ、承太郎濡れちゃうよ。なに、持ってろってこと?」
まだ海から上がったばかりだからわたしの身体は濡れているし、裾が長いから危うく濡れた岩場に着いてしまうところだった。
「お前、肌焼けると赤くなるだろ」
「ああ、大丈夫大丈夫!ちゃんと日焼け止め塗ってきたし」
「…水で落ちているだろう。いいから着ておけ」
「えー、大丈夫だと思うんだけどなぁ…。でも、うん。ありがとう、承太郎」
承太郎が気遣ってくれたことが嬉しくて、ちょっと暑いけど素直にその上着をお借りすることにした。
そんなわたしたちを見て、仗助くんたちは顔を見合わせてなんだか苦笑いをしている。
わたしは自分の緩みきった顔を自覚し、急いで引き締めるけれど時既に遅し。
恥ずかしい顔を見られてしまった。
火照る顔を、優しい潮風が撫でていく。
end
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