日本の夏をディオと過ごす


頭上から容赦なく照りつける太陽と、地面の照り返し。加えて低いとは言えない湿度。
0.81×気温+0.01×湿度×(0.99×気温−14.3)+46.3。
この数式で求められる不快指数は、今日も低くはないだろう。

「まったく、ロクなことがないな。日本の夏というやつは」

「ええ、ディオは夏…嫌い?」

「気に入る要素がない」

「そうかな…。そんなことはないと思うけれど」

「お前自身、暑いだの蚊に刺されるだの言っているじゃあないか」

「うっ、それはまぁ、そうなんだけれどさ…。いい事だってあるよ」

「ほぉ、例えば?」

「うーんと、…花火ができる」

「そんなものは日本でなくとも夏でなくともできる」

「…アイスが美味しい」

「冬でも変わらん」

「ええと…あ!浴衣を着てお祭りに行ったりできる」

「ユカタ…?」

「あ、ディオはまだ見たことない?こう、ちょっとラフな着物、みたいなの」

「ないな。恐らく」

「じゃあ、行こう!」

「浴衣とやらを見に…か?」

「それも兼ねて、お祭り!」

弱冷房除湿で適温を保っている部屋の中で交わされるのは、結局のところただの会話。
主観的な価値観を挙げては同じく主観的なそれで否定する。
そんなもので嫌いだと思っているものを気に入る可能性は、限りなくゼロだ。

これは、隣に座るなまえを使ったただの暇つぶし。

そう思っていたのだが…。

目の前に突き付けられた広告紙には、『花火大会』の文字。

「今夜なの!わたし、浴衣着て行くから一緒に…行ってくれませんか?」

そして、身を乗り出し俺を見上げて“強請る”なまえ。

…開催時刻は…太陽が沈んだ後か。それなら体質的問題はない。
しかし夜になろうが暑いものは暑い。
しかも祭りごととなれば集まる人の数もかなりのものだろう。

「…ちなみにその誘い、断るとどうなる」

「え、どうって…ええと、しょんぼりします」

「お前がか」

「うん。あと、ディオもする」

「この俺が?何故」

「…浴衣見られなくて」

「ククッ、そこまで価値がある物だとは思っていなかった」

別にこの誘いを断ったところで支障がないことは分かった。

しかし、そうだな。
この国の情緒ある風習とやらに騙されてやるのも、偶には悪くないだろう。

「よし、いいだろう。このディオ、その誘いに乗ってやる」

「本当?!」

「嘘だと言って欲しいのか?」

「いえ!もうお返事の受付は終了しました!」

身体の前に両腕をクロスさせ、バツの印を作るなまえは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。

自身の口元が緩むのは、きっとなまえのころころと忙しい顔面が面白いからだろう。

「それじゃあディオ、わたし一旦家に帰って浴衣に着替えて来る!」

「ああ。そうだな…18時に駅前」

「了解!着いたら連絡するね」

締まりのない表情のまま手を振るなまえを玄関先で見送り、壁に掛けられた時計へと目をやる。

今しがた約束を交わした時刻にはまだ随分と間があるが、そわそわと落ち着かないこの心境はいったいどういうわけなのか。

ブラインド越しからでも分かる、忌々しいほど光輝く太陽が早く傾いてしまえばいいと思うのは。

やはり、俺が夏を嫌っているからなのだろうか。



end




- 20/67 -

前ページ/次ページ


一覧へ

トップページへ