空条夫婦と花京院
◇生存院視点。
「…こんばんは、なまえさん」
「…こんばんは、花京院くん。…ごめんね、急に」
「いえ、とりあえず上がって」
日も沈んでからもう随分と時間が経ち、人々が概ね自分たちの家へと収まった頃。
20分くらい前に電話がかかって来て、僕の家に訪問する許可を求めて来たのはなまえさんだった。
その時点で22時に差し掛かろうという時刻で、電話越しに聞こえるなまえさんの声からして何かよくないことがあったのだと想像するのは容易だ。
そもそも、こんな時間になまえさんから家に来たいなんて連絡があった時点で、“よくないこと”は十中八九承太郎絡みだと嫌でも分かる。
「徒歩で来たのかい?こんな夜に一人で出歩くなんて危ないじゃあないか」
「ふふっ、仮にも幽波紋使いだもん。大丈夫だよ」
「仮にも女の子、だろ」
「花京院くんてほんと優しいよねぇ」
夜ということもあり、コーヒーではなく用意しておいたホットミルクを手渡し、ソファへと促す。
よかった。確かに落ち込んでいるけれど、それでも向けてくれる笑顔は無理矢理作っているそれじゃあない。
タクシーを使わずに徒歩で此処まで来たのは、きっと頭を冷やしたかったからなのだろう。
「とりあえず、旦那に居場所を連絡しても?」
「…もう少し待って、ください。自分で連絡するから」
「そう」
早く承太郎に連絡した方がいいのは分かってる。
でもまぁもう少しくらいなら大丈夫だろうか。あまり連絡が遅くなると危ない気もするけれど。…僕が。
自分の伴侶が夜に男の家で二人きり、なんて状況が根本的にマズいことは言うまでもないが、何より承太郎は知っているから。僕がなまえさんをどう思っているか。想っているか。
高校の頃から。あの旅の頃から。
なまえさんは僕にとってとても眩しい存在だった。
それは承太郎も同じで、ああ、友達っていうのはこういうものなんだと思った。
色々と無茶なことも沢山した。
けれど、今まで何処かくぐもって聞こえていた音や
褪せた景色がクリアになったのは、承太郎となまえさんの存在あってこそに他ならない。
彼らが付き合い始めた時も、結婚すると聞いた時も。
僕は自分の気持ちに気付いても後悔はしなかったんだ。
素直にお似合いだと思えた。
だから今こうしてなまえさんを目の前にしても、僕は落ち着いていられる。
「でも、珍しいな。キミたちが喧嘩するなんて」
「あー、うん…喧嘩っていうか、わたしが一方的に怒っただけなの」
「…それこそ珍しいじゃないか」
「そうでもないよ。へへ…わたし、結構嫌な奴だと思う」
「…、」
まさか、そんなことあるわけない。
出かけた言葉を寸前で飲み込んだ。
今彼女にそれを言ったところで、事情も何も知らない僕が言っても仕方がないことだ。分かってる。
「承太郎は何も間違ったことしてない。いつだって正しいのに、分かってるのに…あんなこと言っちゃうなんて、さいていだ…」
「なまえさん…」
だいぶ冷めているだろうホットミルクに雫が落ちて、慌てたようになまえさんはその目元を拭う。
けれど一度溢れ出した感情の塊はそう簡単に治まってはくれないらしい。
僕にはその小さな身体を抱きしめることはできない。
それは裏切りになってしまうような気がするから。
僕に許される距離は、腕を伸ばさなくては触れることのできない程度の…そんな距離だろう。
例えば、ソファの端と端に座る今みたいに。
「…詳しいことは分からないけれど、正しいことがいつも必ず正しいとは限らないと、僕は思うよ」
「正しいのに、正しくない…?」
「承太郎のしていることが大勢多数から見て正しかったとしても、それでキミが泣いたりするなら…僕にとってそれは正しくないことだ。少なくとも、改善の余地ありってとこかな。全方面から見て正しいなんてものは、もの凄く希少なんじゃあないだろうか」
「花京院くん…」
僅かだけれど上げてくれたその顔に、また新しい雫が線を作って落ちていく。
しかし、まだ瞳は潤んでいるけれど…もう、次の雫が落ちることはないだろう。
少なくとも、その悲しいだけのものは。
「なまえさん、お迎えが来たみたいだ」
「え?」
立ち上がった僕に不思議そうな視線を向けているなまえさんに、もう一度振り返って微笑む。
そのまま玄関に着いた時、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「はいはい」
間髪入れずに開けた扉の先には、想像どおりの人物。
その表情は酷く複雑そうだ。
「やあ、承太郎」
「こんな時間に悪ィが、なまえ…来てるだろ」
疑問形ですらないところが本当に承太郎らしいな。
思わず少しだけ笑ってしまう。
「いるよ。流石、よく判ったね」
「あいつの行動パターンくらい分かる」
「行動パターンは、だろう」
「どういう意味だ?」
「僕もなまえさんから詳しいことを聞いたわけじゃあないけれど、キミ、なまえさんがどうして怒っていたのかきちんと理解しているかい?」
「…」
友人を玄関で立ち話させるのもどうだろうかと思いながら、それでも言っておきたかった。
ちゃんとお互いの考えてることを理解して、きちんと仲直りしてほしいじゃないか。
「怪我をするような無茶は控えろと言われた」
「怪我…」
「だが、仗助の幽波紋で治る。それはなまえも理解しているはずだ」
「…なるほど」
だいたい見えてきた。
そして承太郎が解ってないってことも。
「例えばだけれど、なまえさんが承太郎のいない時に幽波紋絡みの事件に出くわしたとして…まずキミはなまえさんを一人で向かわせるかい?」
「あ?んなわけねえだろ」
「それは、なまえさんが仗助と一緒でも?」
「当たり前だ」
「何故?怪我をしても治るだろう」
「そういう問題じゃ、」
「ないね。…そういうことだ、承太郎。なまえさんがキミに言っているのは、そういうことだ」
「…っ」
ようやく理解した承太郎の表情は、初めて見るくらい衝撃を受けたって感じのものだった。
これで一件落着かな。
「…花京院くん…?」
ナイスタイミング。
わざと大きめの声で話したから、なまえさんにも聞こえたんだろう。
ひょっこりと覗かせたなまえさんの顔を見て、それと同時に承太郎の姿を見て。
二人はしどろもどろしながらもお互いに謝り合う。
「あ、あの承太郎…さっきは、その…ごめんなさい、変な事言って…勝手に飛び出して…」
「…謝るな。お前はなにも悪かねえよ」
「承太郎、」
「……悪かった、次からは…気を付ける」
「…!」
やれやれ。人の家の玄関で見せつけてくれちゃって。
微笑ましいったらないな。
「花京院くん、本当にありがとう。今度、またちゃんとお礼するね」
「気にすることないさ。承太郎が嫌になったらいつでもおいで」
「花京院、てめえ…」
「冗談だ。半分ね」
「ふふっ、ありがとう」
「…やれやれだぜ」
二人の背中を見送って、小さく息を吐く。
きらきら眩しい彼と彼女。
それは多分、今はもう二人で一つの輝きなのだろう。
負け惜しみでも、卑屈でもなく。
彼女には彼が相応しいのだと、心の底からそう思える。
end
- 22/67 -
前ページ/次ページ
一覧へ
トップページへ