露伴くんと付き合って半年
露伴くんとお付き合いをはじめて、そろそろ半年になる。
付き合って半年といえば、様々なコミュニケーションを重ね、良くも悪くもお互いの色んなところが見えてくる。
そして、更に好きになったり、早ければお別れをすることもあるだろう。
少なくとも、わたしの経験上ではそんな時期だと思う。
「…よい、しょ…っ」
こんな天気のいい休日に一人で買い物に来ているわたしは、もうかれこれどれくらい露伴くんとまともにデートのひとつもしていないだろう。
…そもそも、まともなデートって…したことあったのかな。
わたしはデートのつもりだったけれど、露伴くんにとっては「取材」だった気がする。
スケッチブックは必須だし、カメラだって多分けっこういいやつを持っていた。
何処かに誘うのはいつもわたしから。会いたいと言うのも、電話をするのも。
もしかしたら、1カ月や2カ月わたしからなんのアクションも起こさなければ、わたしたちは一度も顔を合わせず声も聞かないんじゃあないか。
そして、露伴くんはそんなこと気にも留めないかもしれない。
「あれ、なまえさんじゃあないっスか」
「あ、仗助くん」
ネガティブな思考をかき消す明るい声に振り向けば、そこには露伴くんのお友達?の高校生、仗助くんがいた。
「仗助くんもお買い物?」
「まぁ買い物っつーか、飲みモン買いに来たんスよ。スーパーで買った方がちょっと安いんで」
「ふふっ、なるほど」
「おれ、もう帰るとこだし送りますよ」
「え、いいよいいよ。昼間だし、仗助くんの家って確か方向違うでしょう?」
「いーんスよ。そんな重そうな荷物持ってフラフラしてるなまえさん、ほっとけねーって」
「あ…、…ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします」
何気ないことのように、とても自然な動作でするりと買い物袋をわたしの手から抜き取った仗助くん。
一瞬どうしようかと悩んだけれど、仗助くんがニカッとさわやかな笑顔を向けてくれ、わたしも素直にお礼を言って甘えることにした。
…しかし、確かに丁度切れかけていたお醤油とか広告の品だったみりんとかを買ったせいで結構重たくなったなぁとは思っていたけれど…わたし、そんなにフラフラしてたかな…。
どちらにしろ、こういう風に何気なく自然と優しくしてくれる仗助くんは、いわば理想の彼氏じゃあないだろうか。
「ふふふ、仗助くんてモテるでしょ」
「え?な、なんスか急に〜…」
「なんとなくね〜」
なんだよ、もー。と言いながら視線を横に向けて唇を尖らせる仗助くんの反応からするに、これは図星とみた。
そして、露伴くんとは全然違うなぁ…とも、思った。
露伴くんのことは、好きだ。
ただ時々、本当は自分が好きだと思い続けていたいだけなんじゃあないかと思ってしまうことがある。
その度に自分自身へ問いかける。
彼の何処が好きなのか。
そして挙げられるのはありきたりな彼を構成する性質ばかり。
「あれ、露伴先生…」
「え?」
他愛ない話をしながら家へと向かっている途中、露伴くんの家の前でふと仗助くんが足を止めた。
露伴くんの家を通過するところだということは分かっていて、敢えてそちら側を見ないようにしていたのだけれど…。
仗助くんの呟きに、思わずわたしも彼が視線を向ける先へ目をやる。
そこは露伴くんの仕事部屋。
見上げた先は太陽が眩しく、少し見えにくかったけれど、確かに窓のところに誰かが立っているのが見えた。
彼の仕事部屋の窓の前なのだ。
露伴くん以外は考えにくい。
きっと彼にもわたしたちが見えているだろうから、一応会釈をしておく。
仮にも恋人に対して会釈。…変な感じ。
「あれ、いいんスか?なまえさん…」
「んー?何が?」
「え、あー…いや、なんでもないです…」
再び歩き始めたわたしに続き、仗助くんも歩き始めた。
一歩分後ろから聞こえる声は、とても不思議そうな色を含んでいる。
けれど、仗助くんはそれ以上聞いてはこなかった。
優しさか、それとも面倒臭そうだと思ったのか。
どちらかは分からないけれど、わたしにとってはありがたい。
露伴くんの家を過ぎて更に先にあるわたしの家。
ああ、早く安息の地、我が家へと帰りたい。
そしたら仗助くんにお礼をして、その後はもうこの休み、一歩も家から出たくない。
やがて家が見え、わたしは少し速足になる。
もともとわたしに合せてゆっくり歩いてくれていた仗助くんにとっては、丁度いいくらいの速さかもしれないけれど。
「仗助くん、本当にありがとうね。助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
「よかったらお茶飲んでいかない?細やかながらお礼をさせてもらいたいんだけれど」
「そんな気にしないで下さいよ〜。でもお言葉に甘えて頂いちゃってもいいっスか?」
「うん、是非そうしてくれると嬉しいな」
玄関の鍵を開け、仗助くんをリビングへ手招く。
仗助くんは最後まで荷物を運んでくれて、わたしはお湯を沸かしつつ食材を冷蔵庫へ詰め込んだ。
それからコーヒーを淹れ、家に常備しているお気に入りのクッキーをお皿に並べてお出しする。
「うわ、このクッキーすげーうまい。もしかしてなまえさんの手作りっスか?」
「あはは、まさか。一度食べたらすごく気に入っちゃって、いつもここのクッキー家に置いてるの」
「へぇ〜」
クッキーをひとつ手に取り、感心したように眺めては口へ運ぶ仗助くん。
一見その風貌からではアンマッチな組み合わせに見えるけれど、もぐもぐとおいしそうにクッキーを食べるその姿はかわいらしい。
…高校生の男の子にかわいらしいなんて言ったら怒られちゃうだろうから、口には出さないけれど。
わたしも一口コーヒーを飲み、クッキーを一枚。
チョコクッキーの程よい甘さがコーヒーとよく合っていて、自然と心が落ち着く。
このクッキーは、昔…初めて露伴くんの家に行った時ご馳走になり、すごくおいしくてわたしもこのメーカーのものを買うようになった。
少しお値段は高いけれど、やっぱりおいしいし、わたしにとっては思い出の味だから。
「…なまえさん?どうしたんスか、ボーっとして」
「あ、…ううん、ごめん。なんでもないよ」
「それじゃあおれ、そろそろ帰ります」
「うん、気を付けて帰ってね。今日は本当にありがとう」
「いいえ〜、こっちこそご馳走様でした!」
じゃあお邪魔しました。
最後まで律儀にぺこりとお辞儀をして、仗助くんは出て行った。
「ふぅ…」
仗助くんを見送り、お皿やマグカップをテーブルに残したまま一度腰を降ろす。
仗助くん、いい子だなぁ。
露伴くんはよく彼のことを悪く言うけど、嫌いになる要素なんてないのに。
…ああ、なんだかんだ言って、またわたしは露伴くんのことを考えている。
「やっぱり好き、ってことなんだよなぁ…」
「東方 仗助に
鞍替えしようっていうのか」
「え?えっ!?」
息を吐き出すように零れた言葉は、一人暮らしのわたしの部屋で消失するだけだと思っていた。
けれど何故か。本当に何故か、わたしの恋人によって受け止められた。
わたしは露伴くんの急な登場に混乱して、座ったまま彼を見上げて口を開閉するばかり。
「おい、いつまでも魚みたいにしているなよ。キミはぼくの…ぼくの恋人なんだろう!」
「…ひっ」
膝を折り曲げ屈んだと思ったら、すぐさまわたしの胸倉を掴み、叫ぶ。
間近になったその瞳は、すごく怒っている。声も荒々しい。
普段のわたしなら、露伴くんの口からわたしに対して“恋人”なんていうワードが出てこようものなら、嬉しくて舞い上がってしまうだろう。
けれど今は…。
「…っ…ぅう…っ、」
「…泣けばぼくが怯むと思ってるのか」
ただただ涙が流れた。
今まで散々放っておいたくせに、今さらなにを言っているのか。
そもそも何を怒っているのかも分からない。
「…ぅ…っく…、…わたし…っ露伴くんのこと…なにもわかんないよ…っ!」
「…っ!」
わたしの胸倉を掴む露伴くんの手を掴み、振り絞った声は思ったよりも大きかった。
溢れ出した感情は涙と同じ。
次から次へと零れていって、簡単には止められない。
「急に…ッこんなことされる覚えない!」
やめて。
「どうせ…っ、」
とまって。
「こ…恋人だなんて…本当は、思って…っ、思ってないくせに!」
…言って、しまった…。
部屋はわたしの荒い息ばかりが嫌に響いている。
相変わらず露伴くんはわたしの胸倉を掴んだまま。
恐い。
恐い怖いこわい…。
殴られるんじゃないかってことも、わたしの言葉に対する肯定の言葉も。
歯を食いしばっても、唇が細かく震えて仕方がない。
…けれど、なかなか痛みも罵声も聞こえない。
いつの間にか固く閉じていた目を恐る恐る開く。
すると、露伴くんは先ほどまでの表情と違い…何かを、考えているように見えた。
「おいおいおいおい、言いがかりはやめろよななまえ」
「…?」
「一体どこでそういう勘違いをしているか知らないが、ぼくはキミを恋人だと思っている。好きでもない女と馴れ合うなんてぼくはしない」
「で、でも…、露伴くんはわたしとあんまり一緒にいたくない…みたいだし…」
「はぁ?馬鹿言うなよ。毎日でも会いたいさ」
「っ!?」
「…なんだよ、その顔は」
「だって!露伴くんいつも…誘わないと全然なにも…!電話だってわたしからしか、」
「それは…」
言い淀み、露伴くんはようやくわたしの胸倉から手を離してそのまま腕を組んだ。
屈んでいた体勢から、今度は普通に背筋を伸ばしてしまったので、彼の顔はわたしからだいぶ高いところになってしまった。
それでも何処かそっぽを向いている彼の頬が、少しだけ赤いように見える。
「前に、女を振り回すタチだって言われたことがあるんだよ。ぼくは全然そんなことはないと思うが、一応参考にしたまでだ」
…振り回すと言われたから、振り回さないようにしていた…?
毎日会いたいと思ってくれていたのに、何も言ってくれなかったのがそれだとすると、つまり…露伴くんなりに、気を遣ってくれていた。ってこと…?
「ろ…ろはんくん…!」
「そんなことより、なまえ。散々キミの質問に答えてやったんだ。今度はぼくの質問に答えろよな。包み隠さず、正直に」
「う、うん…なんでしょうか…?」
さっきまでとは違う涙が溢れ出しそうになり、わたしは勢いよく立ち上がってそのまま彼に抱きつこうとした。
でも、立ち上がったまではいいけれど、露伴くんがわたしの鼻先に指を突きつけてきたものだから、伸ばしかけたわたしの両手は行き場を失くしてしまった。
「キミは…仗助のやつをホイホイ家に招き入れてどういうつもりなんだ、ええ?」
「えっ、えぇと、スーパーの前でばったり会って荷物を運んでくれたから…そのお礼にお茶を…」
「そんなことはさっき仗助のやつに聞いた。ぼくが聞いているのは恋人がありながら簡単に男を家に上げるその神経の話さ」
仗助くんとも話してきたの。
そう口にしかけたけれど、露伴くんの神経を逆なでするのはよろしくないので黙っておく。
「いや…仗助くん高校生だし!モテるし!わたしなんか興味ないよ」
「それはなまえが勝手に思ってるだけだろ。…それに、キミはあいつをどう思ってるんだよ」
「え…普通にいい子だなーって、思ってるけど」
「それだけか?本当に?」
「うん、本当」
何処にそんな疑う要素が?と思いながら首を傾げれば、しばらくじっとわたしの顔を凝視していた露伴くんがやがて長く長く息を吐いた。
「クソ…、最悪の気分だ。…このぼくがあんなガキに嫉妬するなんて…」
苦虫を噛み潰したような表情で零した悪態は小さなものだったけれど、それでもわたしたち二人しかいないこの空間では充分わたしに届くもので。
わたしはもう我慢できない犬のように、露伴くんに抱きついた。
「露伴くん、大好き…っ!」
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