仗助はこと恋愛に対してヘタレである
「結婚するなら年上の人がいいなぁ」
いつだったか、なまえは確かにそう言っていた。
何気ない会話の中で出たその言葉は、周りも彼女自身も深く気に留めることはなく、サラリと流れてそのまま戻ることもなかった。
おれだってその時はあんま深く考えなかったし、理想ってのはやっぱ人それぞれあるわけで、それにどうこう突っかかるなんてこと、考えもしなかった。
…けど、今になってその何気ない一言が、ずっしりおれに圧し掛かって来ている。
「意外だなぁ。僕、仗助くんはもっとこう、グイグイいくタイプだと思ってたよ」
「悪かったな、こー見えておれは慎重派なの。…向こうの好み知ってて自分がそれに合ってないの分かったうえで告白って…ハードルたっけぇよなァ〜…」
「おお、あれだろ、『玉砕覚悟』ってやつだ!」
「うるせえ!まだ玉砕するって決まったわけじゃねーだろうがッ!珍しく四文字熟語なんか使ったと思ったらロクなこと言わねーなおめーはよぉ〜…っ!」
怒鳴るおれを余所に、どこ吹く風とばかりに笑う億泰が憎たらしい。
こういう話になるとちょいちょいおれをおちょくるんだよな、こいつ…。
「…でも、見た目とか性格とかそーいうんならまだなんとかなるかもしれねえけど…年齢じゃあどうしようもねえってのも事実なんだよなぁ…」
「んー、でもさ、付き合ったり結婚したりする人が必ずしもタイプの人とは限らないよね」
「そりゃあまぁ…そうだな」
「僕から見たら、二人って結構いい感じに見えるもの。なまえさんだって仗助くんの気持ちを知ったら意識してくれるんじゃあないかと思うんだ」
だから頑張って。康一の言葉にほんのちょっぴり希望を抱いて、ぼんやりといつ、どこで、どんな言葉でなまえに気持ちを伝えようかと想像する。
おれも何度か女子に手紙を貰ったり直接告白されたことがある。
どれもそこそこ嬉しかったことは覚えているのに、その時言われた言葉や貰った文章がほとんど思い出せない。
やっぱ、自分の言葉で言わなくちゃいけないってのが分かってるからストッパーがかかる、ってことなのか。
…それとも、ただ単純におれが想像だけで緊張してるのか。
「それじゃあ先輩、また後で」
廊下の角に差し掛かるところで、おれを悩ませている張本人であるなまえの声が耳に届いた。
先輩、と呼ぶその声は軽く、相手とは親しい間柄であることが分かる。
部活の先輩だろうか。
廊下の角を曲がり、自然と目はなまえを探した。
そして必然的に見える、件の『先輩』。
「ああ、よろしくな」
なまえに向けて柔らかな笑みを返し、軽く手まで振ってみせる男子生徒。
「(うわ、)」
なんてことない光景だ。
学校内でいくらでも目にする日常のワンシーン。
なのに、おれはたったそれだけのやり取りを見ただけで、自分の心臓が何かに握られているかのような痛みに襲われた。
そして、少し遅れて体温が下がったような感覚。それとは逆に胃のあたりだけが熱くなる感覚。
…これは、嫉妬だ。
あの先輩がなにをしたでもない。
どんな関係かすら知らない。
…おれは、なまえと付き合っているわけでもない。
全部ちゃんと分かってる…のに。
「あれ、仗助。…どしたの?そんなとこに立ち止まって」
「いや…今の、部活の先輩かよ」
「ううん、委員会の先輩。なんで?」
「別に、随分仲良さそうだったからさ」
だからなんだよ、答えになってねーっての。
頭の片隅で何処か冷めたようなツッコミが入る。
「え〜、なになに?まさか仗助…ヤキモチ?」
「…悪ィかよ」
「…えっ」
なまえが明らかに冗談で言った言葉へ乗るように、口は勝手に動いてた。
おれをからかうつもり満々だったろうなまえが、目を丸くして固まっている。
おれはおれで、頭ん中が嵐みてーにとんでもないことになっている。
なんで今だ、何を言えばいい?
何をどうしたいんだ、おれは…!
「…なんてな。おれをおちょくろーなんて10年早いぜ、なまえ」
「…へ…じょ、冗談?!…びっくりした〜!もう、心臓に悪いよ仗助−っ」
おれの背中をバシバシ叩くなまえに少し安心しつつ、ああ、おれって奴はと自己嫌悪した。
今の、結構いいチャンスだったかもしれねーのに。
おれって、ヘタレだったんだな…。
ちくしょー…知りたくなかったぜ…。
内心がっくり肩を落としているおれには、なまえの頬がいつもより赤くなってるなんてこと。気が付く余裕はなかった。
end
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