シーザーくんはスイーツ男子


◇大学生。


「よかったら、食べて感想をくれないか?」

自分の作ったお菓子を試食して、感想を言ってもらいたい。と、そう初めてなまえに頼んだのは、約2カ月程前になるだろうか。

俺がバイトとして働かせてもらっている洋菓子店は、小さいながらも地元の人たちに人気のある店だ。
レギュラーの商品から、季節やお客のニーズに合わせた新作・限定の商品を定期的に発表している。

その新商品のアイディアはバイトも交えて模索していく。もちろん、俺も例外じゃあない。

俺の仕事は基本接客がメインだが、それでも翌日販売分の準備だったり、たまに焼き菓子なんかの手伝いをすることがある。
そういう時、俺は楽しいと…向いているかもしれないと、そんな風に思うんだ。

だから定期的に行われる新商品のアイディアを募る会議の時には、実際に俺が考え、そして作った実物を提示することにした。

最初は一人で作って、食べて。それなりに自己採点ができていたんだが、何回か繰り返すうちに、だんだんと分からなくなってしまったんだ。
今ある商品と似通っていないか。ありきたりすぎやしないか。これは一般的に美味しいといえるものなのかどうか…。

「うわ、シーザーくん…これすっごく美味しい!」

「本当か?!」

「うん!わたし的に、一番下にあるコーヒーゼリーの量が丁度いいな〜。苦すぎなくて後味はさっぱりする…って、わたしがお子ちゃまなのかもしれないけど…」

小さなスプーンを片手に笑う彼女…なまえは、俺がこの店で働き始める前からの常連なのだという。
なまえとは大学でいくつか講義が被っているため、数回話をしたことがあった。
だからこの店で店員とお客として対面した時、二人して「あ、」なんて間抜けな声を上げたもんだ。

そんなに仲が良かったわけでもないし、けれどまったく知らないというわけでもない微妙な関係だったのだから、お互い気が付いてしまったらどう声をかけたものかと悩むのは仕方がないことだろう。

それから何度か大学と店で会ううち、自然と俺たちの距離は縮まっていった。

彼女はこの店の常連というだけあって、少し前のあのティラミスが美味しかったとか、今のクッキーは前より美味しくなっているとか。そんな様々な感想をくれた。

話をしている最中、なまえはとても楽しそうに、幸せそうに笑うんだ。
その姿を見ていれば、本当にあの店が好きで、店のお菓子を選び、食べることを楽しみにしているかがよく分かった。

だから、俺はなまえにこの試食を頼んだんだ。

閉店後に調理場とスタッフルームを借りる許可は、直々に店長から貰っている。
ありがたいことに俺を信頼してくれているうえに、常連のなまえとは顔馴染になっていたことから、それはあっさりと。

「よかった。今回は結構自信作だったから、美味しいと言ってもらえて本当に嬉しいよ」

「シーザーくんはセンスいいんだからもっと自信持っても大丈夫だと思うよ?」

「ありがとう、なまえ。…でも俺は、やっぱり一番にキミからの『美味しい』って言葉がほしいんだ」

この店を好きでいてくれるなまえに認めてもらえることが、俺の自信になるから。その気持ちを込めて、俺は彼女の手をぎゅっと握った。

「…っ、あっ、そ、そうだ!せっかくだからマドレーヌ買ってもいいかな?」

「ああ、それじゃあ持ってくるよ。少し待っていてくれ」

「うん、ありがとう」

なまえと向い合せに座っていた席を立ち、店のホールにご所望のマドレーヌを取りにいく。
なまえは、試食を頼む度に何かひとつお菓子を買うんだ。

最初は、俺が試食を頼んでいるのだから贈らせてほしいと申し出たのだが、なまえは逆にタダで食べさせてもらうだけなのは心苦しいからと言って譲らなかった。

「なまえ、今日もありがとう。送っていくから、一緒に帰ろう」

「う、うん。いつもありがとう」

「こっちが足を運んでもらっているんだ、当然さ。それに、俺はなまえと一緒にいる時間が好きだからな」

「…わたしも、好きだよ。シーザーくんといる時間」

「ははっ、それはよかった!さあ、帰ろうか」

「うん」

まだ残っている一部の従業員に挨拶をし、なまえと共に店の裏口から外へ出る。
瞬間、穏やかな風が頬を撫で、髪をなびかせた。

「ふふっ、外に出てもシーザーくんから甘い匂いする」

「ん、鼻が慣れちまって自分じゃあ分からないが…まぁ、そりゃあ染みつくよなぁ」

なまえの家は店からほど近い場所にあるが、その短い間に大学のことや友人たちとのことを話す。
共通の話題としてはやはりお菓子についてが一番になるが、こんな風になまえの人間関係や生活の一部を知れることも楽しい。
彼女の家に着けば、いつもそこで少し名残惜しい気持ちになってしまう程に。

「それじゃあ、また」

「うん。送ってくれてありがとう。シーザーくんも気を付けて帰ってね。…ばいばい」

ひらひらと手を振る彼女に自分も軽く手を上げ、駅の方へと足を向ける。

明日は学校で会えるだろうか。
被っている講義がないことを覚えているのに、そんなことを考えた。



翌日、俺はキャンパス内でなまえを見つけた。

前方を歩く彼女に声をかけようと側まで来たところで、彼女の友人であろう女性が先に彼女の名を呼んだ。

「なまえ―、お疲れ。今日はもう終わり?」

「うん。そっちは?」

「私も今日はもうおしまい。ね、この後駅前にできたカフェ行かない?」

「…うーん、行くのはいいんだけど、わたしコーヒーしか頼まないけどいい?」

「ええ、なに?金欠?」

「いやぁ…ちょっとダイエットをね、しようかと思いまして…」

「ダイエットぉ?」

「ちょ、あんまりおっきい声で言わないで…!」

慌てて唇の前に人差し指を立てるなまえには悪いが、俺にもその意外な言葉は聞こえてしまった。
昨日はそんなこと、一言も言っていなかったのに。

「ダイエットったって、あんたもともとそんなに食べるわけじゃあないじゃない」

「ちょっと最近甘いもの食べすぎちゃったから、少し控えとこうかなーって…」

「ああ、もしかして例の入り浸ってるっていう、イケメンがいる洋菓子の…」

「入り浸ってはいないよ?!…まぁ、その…お察しのとおりではあるんだけどね」

「ああ〜、なまえもついに男に溺れたか〜」

「お、溺れてないっ!…けど、ごめんね。そういうわけだから…」

「分かった分かった。イケメンじゃあしょーがない。ま、コーヒーも美味しいらしいから、飲みながらそのイケメンの話聞かせてよ」

なまえは、結局少し後方にいた俺に気が付かないまま、友人にがっしりと肩を組まれそのまま歩いて行ってしまった。
次の講義がある俺はその後を追うなんて真似はしなかったが、暫く後に友人が声をかけるまで、俺はその場に突っ立っていた。

なまえがダイエットをするハメになっているのは、もしかしなくても俺のせいじゃあねえか。
…そりゃあ、俺に言えるわけがないよな…。
悪いことを、してしまった…。

次に会ったその時には、今までの礼と、それから…これからは一人でやってみると、そう伝えよう。

何かを我慢させてまで付き合わせるくらいなら、俺の我儘なんて早く終わりにすべきだ。
きっとそれがお互いのためにもいいことだろう。

友人であることには変わらないはずなのに、何故だか胸に穴が空いたような、そんな痛みとも苦しみともつかないそれは多分…虚無感、というやつなんだろう。



『明日、いつもの時間に店へ来てくれないか』
そのメールを送ったのは、あれから一週間後のことだ。

なまえからはすぐに了解のメールが返信され、俺は自分の家で調理を始めた。
明日なまえに…なまえだけに食べてもらうための、糖質を控えた豆乳プリン。
ありきたりで、探せばコンビニやスーバーにだって売っていそうなものだけれど、それでも。
俺は丹精込めてそれを作る。
今までになまえがくれた感想から好みの甘さを考え、彼女にだけ喜んでもらえればいいのだと。そう思いながら。

「豆乳プリン。…へえ、そういえば今までにありそうでなかったよね、このお店には」

いつものスタッフルームの味気ないテーブルの上に差し出したそれを、なまえは感心したようにじっと見つめた。

「いや、これは新作として考えているものじゃあないんだ」

「え、…違うの?じゃあ…?」

「なまえに今までのお礼をと思って、キミのためだけに作ったんだ。…今まで、本当にありがとう」

「シーザーくん…?」

「これからは…キミに頼らず一人でなんとかやっていってみようと、思うんだ」

「え…」

もう一度「ありがとう」の言葉と共に頭を下げると、なまえは突然のことに言葉が見つからないのか、声を詰まらせたような息を吐き、それから…。

「そっか…」

たった一言、いつもの彼女らしからぬか細い声でそう言った。
もう無理に付き合う必要もなくなるっていうのに、安心や喜色といった声とはかけ離れたそれに、俺は若干不思議に思いながら顔を上げる。

「なまえ…どうして、そんな泣きそうな顔をしているんだい…?」

「…っ、ごめん、ごめんね…や、なんか…寂しくて」

俺の言葉に慌てて作られたその笑顔は、なんだかひどく悲しいものに見えた。
ズキズキと心臓が痛い。

「ちょっと、自惚れてたっていうか…ああ、違うの。何言ってんだろ、わたし…ごめん…」

「…俺だって本当は今までどおりなまえとこんな風に会って、俺の作ったお菓子を食べて…それでキミに『美味しい』って笑ってほしいさ。でもそれは俺の我儘で…キミの負担になるくらいなら、」

「ふ、負担だなんてわたし言ってないし、思ってない!どうしてそんな、急に…そんなこと…」

ごめん、と繰り返すなまえに、俺の中で渦巻いていた複雑な感情が、抑えきれずに言葉となって溢れた。
ああ、これじゃあまるでなまえを責めているみたいじゃあないか。

俺はただ、今日も『美味しい』と言ってなまえに笑ってもらいたかっただけだっていうのに。

「この間、たまたまキミと友人をキャンパス内で見かけたんだ。その時キミは…その、食事を控えると言っていた。それは俺の我儘に付き合わせているせいだろう…?」

「え…、あ…っあの時の…聞いて…?!」

「すまない!本当に盗み聞きをしようと思ってしたわけじゃあないんだ…!」

頬を赤くする彼女に慌てて弁解するが、聞いてしまった事実は事実。
俺はテーブルに額をぶつける勢いで頭を下げた。

「あの、シーザーくん…そのままで聞いてほしいんだけど、いいかな…」

「あ、ああ」

控えめな声で言われ、俺は少し戻しかけた頭を再び下げた。

「正直に言うと、確かに最近ここに来る回数が増えて、前より甘いもの摂り過ぎちゃってるなっていうのは…気にしてた。けどね、それは全然シーザーくんのせいなんかじゃあない」

「…だが、俺が余計にキミを誘っていたからで、」

「わたし、無理してまで誰かのお願いを聞く程お人好しじゃあないよ。そりゃあ甘いものが好きっていうのもあるけど、わたしは…シーザーくんに誘って貰えて、シーザーくんに会えるのが嬉しくて、だから毎回来てたんだよ…」

「なまえ…?」

「だ、だめ!まだ顔上げちゃ、」

「…悪い、無理だ」

「…〜っ!」

顔を上げると、まるで酒でも回っているんじゃあないかと思う程に顔を真っ赤にしたなまえが見えた。

その顔と、そして彼女がくれた言葉。
それは俺の胸を締めつつ、それでいてとんでもない幸福感を与えた。

自然と顔が綻んでしまうのは、さてはてどうしたものか。

「なまえ、俺はとんでもない馬鹿だったらしい」

「え…?」

パイプ椅子から立ち上がり、テーブルを回ってなまえのすぐ横にまで歩く。
そんな俺をなまえは何処かビクビクとした様子で目で追い、やがて横に立った俺に対して身体ごと向けてくれた。

なまえもまた立ち上がろうとしたところを軽く肩に手を置いて制し、そのままするりと両手を握って片膝を着くと、彼女は驚いたように目を瞬かせた。

「思えば初めて誘ったあの時からずっとそうだったんだ。なまえといるのが楽しくて、嬉しくて。だからもっと一緒にいたいと思ったし、キミの笑顔が見たいと思った」

「えっ、あ…ありがとう…?」

「そんなの当然だよな。もうあの時の俺はキミを好きになっていたんだから」

「…え、…っ!?」

脳が俺の言葉を処理した瞬間だったのだろう。
なまえは一層大きく目を見開き、数度小さく唇を震わせた。

「なまえ、これからは口実なしでも俺と会ってほしい。今までよりもっと一緒にいたいんだ。…友人としてではなく、キミの恋人として」

僅かに見上げるかたちでじっとなまえの瞳を見つめれば、彼女は俺に手をとられているせいで、その潤んだ瞳も、とても熱そうな頬も隠すことができず、ただただ俺と同じように、じっとこの瞳を見つめ返してくれた。

「…返事を聞いても?」

「そんなの…っ、聞かなくても分かってるくせに…!」

「なまえの口から聞きたいんだ」

「…うぅ…っよろしく、お願いしますぅう〜っ!」

「こちらこそ!」

もう俺は嬉しくて堪らず、なまえの返事を聞くや否や、座るなまえを包み込むように全身で抱きしめた。

テーブルに置いたままのプリンは、恐らくもうだいぶぬるくなってしまっているんだろうけれど、もうそんなことすらどうでもいいと思えるくらい、今の俺はドルチェのように甘くて幸せな想いでいっぱいだった。

なまえも俺と同じ気持ちになってくれていたら、それはもっと嬉しいと、そう思う。



end


以下、おまけという名の蛇足。(会話だけ)


「さあ、それじゃあ帰ろうか。もちろん、今日も一緒に」

「う、うん(…昨日としてること同じなのに、なんか恥ずかしい…!)」

ガチャッ

「あ、」

「店長!」

「てっ、店長さん…っ!?」

「あー、お取込み中だったみたいだから空気読んで待機してたんだけど…なんかごめんね?」

「え…っ!」

「いえ、こちらこそすみません。お先に失礼します」

「えっ!?」

「なまえちゃん、これからもたまにでいいから寄ってってね。なまえちゃんに会えなくなると寂しいからさ」

「は…はい…」


色んな意味で来にくくなった。




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